この世には全てを記憶するものが存在するらしい。
 全て。この世界にあり得るもの、こと、過去現在未来を問わずに、それこそ文字通り全てを。人の生死や感情、国の興りから衰退、世界の創造から破滅まで、その詳細をも。
 それを手に入れる事ができたらどうだろう。簡単に言ってしまえばその者はその世界の君臨者となれる。その世界の創造主をも越えて全てを識る王と成れる。そして自らの破滅をも識り、故に狂気に溺れるだろう。

 さて、そんな事を書いているこの媒体。これこそがその『全て』を記し、記憶する本。これを手にすれば嫌が応にも認識するだろうがとりあえず特徴でも書いておこう、黒がかった赤茶の装丁に素晴らしく繊細な金の装飾。開けばまだ真っ白な姿だが、これから次第に、鮮やかに生きていく世界を生み出していくに違いない。
 しかし、この本は特別な方法でしか文字を残せないようだ。生まれた瞬間からとてつもない時を約束された私だからこそ、こういった手段になるのかもしれないが……私の命を吸うらしい。誰に説明されたわけでもない、直感だ。だからこそ何よりも信憑性がある。

 そして何より、私自身もこれから生まれる世界の歯車に、既に組み込まれているようだ。それも決められ確定した事、覆す事はできそうにない。私がこの本を見つけたのは偶然としか思えなかったが、それも決められていた道の一部分だったのだろう。
『筆記者による手記』
 こう書かれた最初のページを見た瞬間、筆記者が何を意味するのか、そして『筆記者』となった私が何をすべきなのか、それは全て理解した。
 ……こう書いては、先程の記述と食い違うかもしれないが、この本が生み出す世界、私がこの本に書き込む事でそうなるようだが、それは私の意志を全く解さない。何者かの意思によってのみ、時を刻む。――『神』とでも言うのだろうか。私が生きるこの世界の、その中に世界を創ろうとする存在。そして私に絶対の命令を下す事ができるのも、この『神』だけとなる。

 しばらくこの『神』とやらと付き合ってみて、気付いた。今まさに造り上げられているのは、私の生きる世界では考えられない常識と摂理を持つ、真実『実在しない世界』だ。そしてこれが物語の形をとり時が巡れば、瞬く間にそこに命が満ちる一つの『世界』になる。……妙な気分だ。今まで無かったものが姿を現す、その瞬間を自分が見届けるなど。

 ……さて、そろそろ駄文を連ねる素も少なくなって来た。本題に入ろう。
 といっても中々に踏ん切りがつかない。『神』が何をしたいのか、私には全くもって理解できないからだ。この世界の何を書けば良いのか、それしか分からない。書いても書いてもその場で削除され、残ったのは出来心で入れた変わり種。その周囲、その生涯……それを書けと言う事だろうと勝手に判断し、今に至る。
 そういえば、同じく出来心でこの本を消してみようとした事もあったが、その時は本気で死ぬかと思った。この本の中に私自身も組み込まれている事を忘れていたのだ、その記述の部分は全て削除され、かわりとばかりに私の不幸が書き連ねてあった。即刻修正したが、しかしその場で即座に殺されなかっただけまだましかもしれない。こうやって私の言葉を書き連ねるのも、『手記』として扱ってくれるようだ。それらも全て私の命を代価としているようだが、それも世界を創る上での材料の一つなのだろう。
 それらを前提としてこれから時を刻むのは、『変わり種』の数人と、その周囲、それに関わる人物達の物語。これの始まりと終わり、それを私は見届ける事ができるのか……命が尽きるのがいつになるのかは分からないが、最善を尽くそう。関わると決めたのは私自身なのだから。

 ……気になったので、疑問を書いておく。こうやって自分勝手に書いてはいるものの、これを文字媒体として目にする人はいるのだろうか? 私の生きている世界の住人か、あるいはこの本の世界の住人か……ともかく、いるのだとしたら大変心苦しい。私も『神』の意思に従わなくてはならない以上、色々と妥協や我慢を重ねている身だ。……なによりも、その意志を無視した時に現れる不幸の手紙の様な文言が、率直に言うと怖い。記述された事が現実になると言う現象を目の当たりにしている身で、それを無視するなんて芸当私にはできなかった。不可能だ。怖すぎる。

 さて、なんだか色々と長ったらしく書いているうちに現実逃避と軽いストレス発散はできたようだ。妙にすっきりとした自分がいる。そろそろ、本当に本題に入ろう。  ああ、多少の茶目っ気には眼を瞑って欲しい。私も、私自身を犠牲にするつもりはさらさらない。するのだとしたら、自分でそう決めたときだけだ。

 ――世界はカトラエラス・カルベルス。国は『魔導統国』キレナシシャス。時は第二十八代国王、女王スィナルの治世七年。場所は四協会の一、国王直属機関王宮王都西方守護蒼樹協会。  人は、世界に唯一。神の愛し子、『紫銀・フェルリナード=アイクス』。



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宵月暁陽 第一断章『夜明け―ovvin』、開幕。



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