あら、と嬉しそうな声を上げたのはヴァンで、それに答えるように溜め息を吐き出したのは黄金だった。フェルは見えたその彼に首を傾げる。
「あれ、長官」
「……ヴァン、出掛けるならそうと、先に」
 帆を進めてこちらへと近づいてくる彼はフェルの声には答えないで、蒼と名乗った彼女へ向けて言う。フェルは更に首を捻った。
 ヴァルディアの声は明らかに疲弊していて、それにフェルが眼を瞬かせている間にヴァンがからからと笑い声を上げる。何かと彼女を見上げれば、まるで悪戯が成功したといわんばかりの嬉しそうな、楽しそうな笑顔。 「あら、あら。皆が探しにこないと思ったら、貴方に声をかけに行ったのね?」
 表情を裏切らない声音でヴァンが言う。その二人を交互に見やりながら林を抜けてすぐの場所に立ち止まったままでいれば、距離が近付くにつれて疲れた様子がありありと見て取れた。溜め息と、続く言葉。
「あらぬ嫌疑を掛けられた、私が手引きしたとな」
「あらら。それは駄目ねえ、皆はちゃんと判るはずなのに」
「貴女が居なければ判りようがない」
 言い合うのを聞いて、フェルは更に疑問符を浮かばせる。なんとなく、ヴァンの方が上に見える会話だと思ったからだ。長官である彼が、そうでなくともヴァルディアという個人が誰かを指して『貴女』と呼びかける場面はそうそう無い。ヴァンもそれを当然のように受け止めていて、それら全てが当然だという空気だった。黄金はそのまま、紅へと眼を移す。
「サージェ、どうした」
「えっ、あっ、あの、クロウィルと一緒に……」
「ああ、……クロウィルは?」
「厩舎の方……」
 そういえばどうしたのだろうかと眼を向ける。何か問題があったのだろうかと思いながらもう一度ヴァルディアを見上げれば、彼は更にもう一度大きく息を吐き出した。
「こんな時に何をやっているのやら……」
「……え、と……何かあったんです……?」
「前に門衛に言われただろう、暴漢が出る、と。まだ連続殺人の事は片付いていないからな」
 フェルは素直に口を噤んだ。忘れていた、とは口が裂けても言えないだろう。思った通りすぐに彼の右手が動いた。
 乾いた音が幹の合間に響く。額を左手で押さえて背を丸めて俯いたフェルにヴァルディアはもう一度溜め息を吐き出して、それらの様子にヴァンはまたからと笑った。
「仲良しさん」
「止めてくれ、面倒なんだ」
「あら、そう?」
「自衛すら理解できない輩が居るとな」
「――でも、っなんにも、なかったですし……ッ!!」
「結果論だな」
 言い返せない。事実だった。それに何か言えば言った分だけ回数が重なりそうだった。一度で良い、二度は流石にしゃがまないと耐えられない。
 この額を弾く罰は、おそらく誰でも一度は経験した事があるはずだ。だが普通なら指一本で終わるものを、何故かこの人は四指を揃えて的確にはたいてくれるから余計に響く上に尾を引いて痛い。きっと北の長官の影響だ。あの人はさながら張り手のように弾いてくれる。それに比べれば幾分威力は弱いのだが、それでもやっぱり痛いは痛かった。
 額を片手で押さえたまま涙の浮いた眼で黄金を見上げる。見下ろして来たそれを眉根を寄せて睨め付けている間に、不意にその色が僅かに和らぐのが見えて一瞬気が緩む。フェルがそうしたのとほぼ同時にもう一度手が伸びて来て、思わず身構えようとした頭の上に彼の掌が乗ったのを感じて眼を見開いた。
「見に行ったのか」
「ええ。今日も誰も居なかったわ」
 ヴァルディアの問いにはヴァンが答える。軽く撫でるような唐突なそれにフェルが眼を白黒させているうちに、彼の手は退いてしまっていた。
「だろうな。出入りが頻繁になると入り浸っていられない」
「あら、そんなもの?」
「守り人が追い返すからな、長居しようと思っても出来ないだけだ。騎士達も厩舎には行ってもこちらには来ないからな……」
「ふうん。よく知った口調」
「経験則だ。……それで、どうしてこんな端にまで出て来たんだ。また樹の近くだろうと思って探しても見つからないから……」
「あら、心配だった?」
 ヴァンが杖突く身体をゆらんと揺らして笑う。そのままフェルの紅を覗き込むようにして言う。
「ねえ、心配性よね、ヴァルディアは」
「――へ、あっ」
 声をかけられているのが自分だと気付いてフェルの肩が跳ねた。見上げられないままの眼が俯いて泳いでまだ繋がったままの手に擦り寄るように、フェルはヴァルディアとの間に半歩の距離を開く。
「……え、っと……」
「……何だ」
「い、いえ、その」
 ヴァンの陰に隠れたかったがそれは流石に出来なかった。代わりに空いた片手の袖で顔を隠すように腕を持ち上げて、先ほど触れられた場所を押さえる事も出来ないままで黙り込んだ。すぐ横でヴァンが、あら、と声を上げるのが聞こえる。
「……あら、あら。そう。へえ。良かったわねえ」
「勘違いだ。……そこまででもないだろうが」
「だ、……だって」
 向けられた後半の言葉には言葉に詰まる。ヴァンが面白そうに様子を窺っているのがわかる。フェルは八つ当たりだとわかっていても恨みがましい眼でそちらを見上げた。顔が赤いのは、自分でもわかっている。眼を落として、わざと溜め息に変えた。
「……ヴァルディア様、『長官』の時はいつもしてくれない……」
「職に就いた輩の髪に頻繁に触れる趣味は無い」
 普通であればその方が正しい。そもそも他人の髪や頭に触れるという行為自体が、かなり親しい間柄でない限りは失礼に値する。命色の現れる部位だからだ。
 フェルにとってみればフィレンスやクロウィルのそれはもう日常茶飯事だが、師団や義母以外に頭を撫でられて嬉しい相手はかなり限られる。特にヴァルディアのそれは、数年前から今までにかけてずっと、特段の褒美だった。だから前触れも無く手が伸びてくると身構える。撫でられれば、気持ちが勝手に舞い上がってしまう。レナに知られる度に彼女が舞い上がるから、普段は気をつけているのだが。
「……でも成年する前はって言ってたのに、レゼリスとか、皆には……」
「職があれば成年と同等だ。それに私がそうすると言った覚えは無いな」
「……じゃあ今のは」
 見上げて言えば、見下ろしてくる彼が片眉を持ち上げるのが見えた。
 先ほど開けたばかりの半歩の距離もお構いなしに逃げる間もなく掌が青銀の上に重なった。緩く編んだ髪を崩さないようにと気をつけながらもヴァルディアが手を動かせば、その下で全身が硬直するのが伝わって来る。
 ふ、と息が漏れた。口の端を吊る。
「なるほど、お前を大人しくさせたい時はこうすれば良いんだな」
「……、っ、趣味じゃないって……!!」
「言ったが、やらないとも言ってはいないな」
 今や両手でヴァンの腕に縋るフェルは、だが言い返すだけで精一杯なのか振り払いも逃げもしない。口調が崩れているのは不可抗力だろうと思いながら手は動かしたままでいれば、髪の間の耳まで色が伝っているのが垣間見えて薄く笑った。判りやすい。
「お前は好い加減に耐性を付けた方が良いな」
「な、んの」
「振り切れると動けなくなる」
「そんなの誰だって同じじゃないですか……!!」
「お前はそれ以前に振り切れ易いから言ってる」
 言い合う間も手は止まらない。ヴァルディアもある程度、こういった反応になる事は想像していたが、今はあまりに期間が空いた為に反応が大きくなっているのだろう、とは、思うだけに留まった。こうなった理由は自分の所為でもあるのかもしれないとは思っている。ヴァルディアは教師としては完璧主義者だった、出来て当然の事が出来ても褒めるような事は一切しなかったから。言葉でも、行動でも。
 だから余計に助長したのかもしれない、とは胸中。ヴァンがふふ、と笑う声にはちらとそちらを見やる。どこか満足したような表情。
「……何だ?」
「楽しそう、って思っただけよ。長官は、黒服とも仲が良いのねえ」
「遊んで面白いものは好きだが」
「やっぱり遊ばれてる……」
 項垂れて言うようなそれも観念したように動かないままだった。こういうところは猫よりも扱い易い。好きか嫌いかが態度だけで判断できる。
 ヴァンがそれらの言葉にまたふふと笑うのと、その蒼い瞳がヴァルディアの肩を透かしてその向こう側を見やるのとであまり間は空かなかった。気付いたヴァルディアが流石に手を離して林の反対側、自分の背の方向を振り返れば、まだ距離のある先に青い髪の一人。
「……あー」
 翠が遠い眼をしているのを見やって、ヴァルディアは溜め息を吐き出した。
「……間の悪い男だな」
「……そりゃどうも。長官がこんなところで何してるんですかね」
 若干棘の浮いた声音のそれにようやく気付いたフェルが顔を上げる。すぐに握っていた腕を手放してコートの裾を翻しながら駆け寄っていくのを見て蒼と金とが眼を瞬き、迎えるクロウィルはすぐに片手を差し出した。フェルは迷わず両手でその手を握って更に擦り寄るように距離を詰める。
「……どうした?」
 クロウィルが訊いたそれにもフェルは顔を上げないままで首を振る。含みのあるようにも見えなくはないその視線を向けられたヴァルディアは、更に嘆息した。
「だから過保護だと言っている……」
「いや、まあ疑う訳じゃないけど」
 うっかり若干批難めいた声を向けてしまったのは条件反射だ。仕方が無いと割り切って欲しいと言外に押し付けてクロウィルはさっさと金色から視線を外してしまう。フェルがこうなるのは何も彼相手だけではないし、こうなる理由もわかってはいるのだが。
 納得づくに押し込んでいる間に、当の本人はすっかり縋り付くどころか、前を開けたコートの下の上着を握ってくっついている。遠目にも見えていたからとなだめるように頭の上に手を置いて、それからクロウィルは見覚えの無いもう一人を見やった。
「……そっちは?」
「お嬢さんとお散歩させてもらったのよ。初めまして、騎士さん。騎は大丈夫だったかしら?」
「え? ああ、まあ……」
「そう? 良かったわ。今何かあると、大変でしょうからね」
 良かったわ、と重ねて言うそれにクロウィルが僅かに眉根を寄せる。ヴァルディアを見やれば、彼も目許に手を当てていた。
「……ヴァン」
「ふふ、解って言っているから大丈夫」
「大丈夫じゃないから言ってる」
「あら、そうかしら? ……そうそう、お兄さんには謝らなきゃいけないわ、あそこに行こうと思っていたのでしょう?」
 眼を向けたクロウィルには、ヴァンは笑顔を崩さないままで背後、林の向こう側を指し示す。クロウィルはその指先の向いたそこを遠目に見て、ああ、と声を漏らした。
「いや、……助かる、向こうで手一杯だったから。クロウィル・ラウラスだ」
「ヴァン、よ。そう呼んでくれたらとっても嬉しいわ」
 名乗り合いの時には更に笑みが深くなる。何となく距離を測りかねたクロウィルが眼を落とせば、ようやく落ち着いて来たのか青銀の下で紅が緩く長く息を吐き出していた。首を傾げて問いかける。
「そんなだったのか?」
「……不意打ちで……びっくりして……」
 今度は小声でもちゃんと返事が返って来てほんの少しほっとした。この状態になると中々会話が成立しなくなる事が多い。フェルも衝動で抱きついてしまったそこから極力何ともないように手を離して、それでもコートの端を掴んだまま胸元に手を当てて息をついた。心臓に悪い。すぐ上から苦笑が降ってくる。
「本当好きだよな」
「……仕方ないです。先生だし」
 大人しく認めた。否定するとまた何かありそうでそれは流石に回避したい。聞こえていたのか、ヴァルディアの声が後ろから聞こえて来た。
「何年前の話だ」
「ヴァルディア様が長官になる前までは、でしたよ、四年前です」
 それがきっかけで知り合ったのだ。まだフェルがこちらの言葉に慣れられずにいたままの頃に、両方の言葉がわかる人物として当時王女だったスィナルが連れて来たのが彼だった。以来、何年もの間言葉と魔法との教師だったのだが、彼が長官位を前代から継いでからは途絶えてしまっている。それまでを思い返してみても、やはり撫でられるよりも額を弾かれる回数の方が多かったはずだ。思い返すとそれだけで痛い。記憶に負けてフェルが何となく額を摩っている間に、ヴァルディアの視線は老婆を向いていた。
「それで、……ヴァン、貴女を探しに来たわけだが」
「あら、お散歩って言ったでしょう? 皆には内緒で来ちゃったけれど」
「だから訊いてる。理由があるなら良いが、貴女に動かれると万が一の時に面倒が増える」
「何かあれば私の方で起こしてやってもらうから良いのよ、って言ってるのに。貴方にとっては負担でもないでしょう?」
 クロウィルが翠を瞬かせる。フェルの紅と見合って揃って首を傾げた。ヴァルディアはこちらを見ていないからか気付いていないようだったが。
「ならせめて分体を置いて行ってくれ」
「ちょっと疲れるのよねえ、あれは。それよりも何処にも行くなって言われるかと思ったわ?」
「機嫌を損ねられたら困る」
「あら、正直。大丈夫よ、皆にはちゃあんと説明しておくし、そうしたら貴方が責められる事もないでしょうからね」
「その心配をしている訳ではない……」
 濃い金色の瞳が伏せられて額に手が当てられる。ヴァルディアが押し負けているのは珍しいと思いながら会話の行く末をただ聞いていたフェルは、だがちらと向けられた蒼には何故か一瞬言葉に詰まった。
 『蒼』が笑う。彼女が笑っているのだと気付いた時には、視線の先は元のように長官を指していた。
「それに、この前にも言ったわ、私にだって興味はあるのよ、って」
 間近で僅かに刃の鳴る音がしてコートを握る手が袖の中で強張る。長官が彼へと一瞥を向けた。
「違う、必要ない」
「長官の知り合いではあるみたいだけど」
「それを理由にする理由が無いな。問題ない、あったとしても人間が相手に出来る物でもない」
 眉根を寄せるクロウィルに、言葉に続いて下げろ、とヴァルディアが手で示す。その言い様に怪訝な色を見せながらも渋々クロウィルが袖の奥に短剣を押し込むのを見やってか、老婆はからりと笑って、それでもヴァルディアの方へと目を向ける。
「随分な言い方ね」
「一番端的で解りやすい」
「いや、どうしてそうなのかとか全く全然わかんないけどな……」
「ふふ。それは、言っちゃ駄目、って約束だから。ごめんなさいね騎士さん」
 言いながらも、そこに悪びれた様子はない。疑念を強めながらも長官をちらとみやっただけのクロウィルと、それらの様子に疑問符の数を増やし続けるフェルとには長官が軽く息をついて見せて、そうしてから紅を見やった。
「だから変わらないと言っただろう」
「え?」
 唐突なそれに彼を見上げる。今は少し距離があるが、それでも近い場所。ヴァンは、その彼の向こう側であら、と声を上げたようだった。
「なあに、何か言ったの?」
「特には。さほど変わりもないとは言ったが」
「あら。かなり違うと思うのよ? 成り立ちとかも」
「それに言及したら変わるも何もないだろう」
 ――クロウィルが横でわからないと視線を横に投げるのと、フェルがゆっくりと瞠目するのはほとんど同時だった。気付いたのか、ヴァンがにっこりと笑った顔を向けてくる、あまりにも当たり前に、視界に何のひっかかるところを憶えもしない、自然すぎるほど自然な動作、挙措、存在感。ふふと笑う顔に、伺うような表情が混ぜ込まれるのが見えた。
「ヴァルディアの言う通りなのかしらね。でも、そうだとしたら、今までよりもお散歩の回数も増やしていいのかもしれないわね」
「……え、あ……」
「身構えなくたっていいのよ、でも、びっくりはさせちゃったかもしれないけれど、ね。ヴァルディアの言う通りに考えても、大丈夫よ、きっと気にしないわ、あの子も」
 知っているのかとは、疑問にも思わなかった。長官でさえこの街の結界を潜るものの中に妙なものがあれば判ると言っていた。その結界と同義の存在なら、知らないはずがない。知らない方がおかしい、街の中に『竜』がいる事を、構成魔法が。
 わずかに迷いが浮かぶ。クロウィルのコートを掴んだ片手に力が篭るのが分かっても、どうしようもなくそのままになった。言葉を探しても見つからなくて、結局迷った後には短い問いしか出てこなかった。
「……良い、んですか……?」
「おばあちゃんは、気にしないわ。おばあちゃんの近くで助けてくれる皆も、気づいてる人もいるけれども、今の所長官に談判を、とは考えていないみたいだから」
「……ああ、それは聞こうと思っていた。コウの事を条件に出そうとは思っていたが」
「ふふ、仲立ちしたの、褒めてちょうだいな? ね、そんなだから、頑張ってくれたら、おばあちゃんも嬉しいわ。風景の意味は、わかったでしょう?」
 ヴァルディアが眼を向けても、ヴァンは今度はそちらを見はしなかった。ただ向けられたまま動かない蒼に、紅が泳いで下へと落ちるのもただ見つめていた。そのまま沈黙に陥りかけて、そこでようやく老婆が苦笑する。こつん、と、杖が地面を叩く音。
「ちょっといじわるだったわね。そんなに考え込む事じゃないわ、サージェ。でもね、ひとつだけ、覚えておいて欲しい事があるの。聞いてくれる?」
 手が伸びてきて、頬に触れる。温かくも冷たくもない手の感触。あまりにも適正すぎる温感だけを除けば、人間と何一つ変わらないように感じる掌。眼をあげれば、表情は笑んでいても、瞳はずっと真っ直ぐなままだった。まるで機微を知らないのだと言わんばかりの、気付いてしまえば違和感しか浮かばない感情の作られ方。
「私達はね、誰かを、何かを攻撃するために作られたものではないの」
 だから『わからない』のだと、そう見透かされているようだった。事実そうなのだろう。構成魔法は、構成魔法として成り立って展開している以上、街の住人の記憶も総浚いに浚って学習する。常時ではなくとも、感情の動きなど容易に把握できて然るべきなのだろうとも、構成の事の基礎を叩き込んだ時点で解っていた。
 なのに言われたそれに頷く事もできなかった。ただ続いていく言葉を聞くだけしかできなかった。
「だから、貴女には難しいかもしれないわ。きっとそれがわかるようになるまで、ずっとずっとかかるかもしれないわ。それでもね、わかってあげて欲しいの。姿形も在り方も心の形もちがうけれど、それだけは同じなの。ね、だから、ね」
 する、と頬を撫でられる。言葉がそこで終わるのだということがそれでわかって、それでもどう答えるべきかがどうしても浮かばないまま、眼が泳ぐのをごまかすように頷くしかできない。
 ヴァンは、微笑んでいるようだった。その蒼は今度は長駆を見上げて、変わらない人好きのする表情に作り変える。
「お兄さん達が居るから、きっと大丈夫だって思ってるのよ」
「……それは、有り難いけど……」
 クロウィルも解っている様子だった。向けられた言葉には濁すようにそう返して、コートの端を掴んだままの青銀を見下ろす。フェルはただ押し黙っていた。街の色を冠した魔法が、笑う。
「嘘のつけない子。……それでもね、簡単に、やる、やってみせるって言ってくれないだけでも、おばあちゃんは安心してるのよ。貴女は認めたくないかもしれないけれど、ね」
 魔法は嘘を嫌う。魔法の自我は現実との齟齬を嫌う。たとえそれが一人の虚勢であっても、魔法はそれを許容しない。故に魔法は慰めを口にしない。虚偽を表明する事は無い。そしてその魔法の質を一番に理解しているのは、同じ魔法の自我だけで。
 だからこの構成魔法は、『出来ないなら出来ないで良い』と、そう言ったのだ。同じ構成魔法から成ったそれを指して、『異種』と変わったそれを示して、破壊しても構わないと言い切った。魔法が言葉も持たないままの『異種』の意思を代弁した、そこに偽りが介在する余地など、欠片も無い。
 教訓めいたどんな文言よりも重く感じるのは魔法に関わる道を選んだ所為だろうかと、逃避する思考が吐き出す。結局言葉になったのは、返答でもなんでも無い、逃げる気持ちがそのまま声になっただけのものだった。
「……魔法も、『異種』の事は、解るんですね」
「ええ、良くわかるわ。だって、形が違うだけの、皆同じ魔法だもの」
 構成魔法は、『異種』を恐れも憎みも恨みもせず、まして、敵と思ってすらいないのだと、からりと笑って言い切った。




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