「エフェレツィス、けっこう食べるのねぇ」
「ちょっと前からだよね、たくさん食べられるようになったの」
「なんだ、少食だったのか? 随分軽いとは思ったが」
「事件あってそのごたごたで食欲無くなってたんじゃないか、って医師は言ってたけど」
「立ち直れてるなら良かったわー。母さんから話だけは聞いてたから、悪い想像ばっかり膨れちゃって」
「何かあったらお母様離れたりしなくなるんじゃない?」
「うん、だと思う」
 唯一喋っていないエフェレツィスは、今はパンケーキのふわふわとした生地に串一本で立ち向かっている最中で、兄はラム肉の串焼き、姉は生ハムのサンドイッチ、ラシエナは緑パンとクルエール肉のシュッツェ、自分の手元には大きめの底の深い器に入ったじゃが芋ときのこのスープがある。
 祭りの間は各家庭での調理をしなくなりがち、というラシエナの言は正しいようで、交代であちこちの屋台を見て回ったところ、菓子類の他にもしっかりとした食事を提供するものがかなりの数並んでいた。どうやら酒場や食堂の人々が、限られた品目とはいえいくつかを出しており、普段は全く見かけることもない泥酔状態の人も見た。凍死してしまったりしないだろうか。何人かは屋台の主人が腕や脚を掴んでどこかへと引きずって行ったが、どこか暖かい屋内が行き着く先でありますように。
「……クロに」
「ん?」
 なんとなく人の波を眺めていた眼を呼びかけてきた妹に移す。細長い串を手に持った紅に見上げられていて、その目が見下ろした先、小さい皿の上でぐったりと広がっているパンケーキと、刻まれたパンケーキだったもの。
「あー……難しいよな、串でパンケーキは」
「ありゃ。どこかでフォークとか借りられないかしら、探してくる?」
「いや、たぶん大丈夫。フェル、貸して」
 手に持っている串を示して言えばすぐに明け渡してくれる。皿を少し引き寄せて、二枚乗っているうちの片方、まだ反面程度無事なところが残っている部分に串の先を向けて、端の方を一口大に切り分ける。切ったその断面から水平に串に刺して持ち上げればゆらゆらと揺れつつも崩れて落ちることもなく、口元に持って言ってやれば一口で中に消えていった。噛み砕くのに少し手間取ったか、しかし飲み込めばすぐに声。
「おいしい。あまい? けど、ぎゅってしない」
「優しい甘さ。もっと甘いのかけたりもするけど、このままのが良いだろ?」
「うん」
「うん。やってみるか」
「やる。がんばる」
 串を手に戻してやれば、見よう見まね、といった様子で取り掛かる。少しの間眼を向けたままでいて、どうやら大丈夫そうだと自分の皿をまた両手に持ち上げようとして、その瞬間にによによと笑っている顔が二つ並んでいるのを見てしまって手が止まった。
「……な、なんだよ二人して」
「いやぁ? なんでもないぞ?」
「その顔でなんでもないは嘘だろ兄さん……」
「自分より下の子の成長って嬉しいものよ?」
「それは分かるけど」
 言った瞬間兄と姉と、なぜか幼馴染までもが交互に眼を見交わして一斉に黙り込む。流石にちょっとイラっとした。声を荒げると妹が怖がるしな、と睨め付けるだけにとどめておきつつスープを口に運ぶ。どんな料理でも串しか付いて来ないのは、節約、なのだろうか。そういえばはるか東、大陸を出て海に浮かぶ島国の方では木の棒二本だけでどんな料理も食べるそうな。ラヴェンツァでそんなことを聞きかじった。食文化の違いだけは中々理解ができない。キレナシシャスも東西南北でそれなりに変わるが、流通がしっかりとしているから地方に行かなくてはというのはあまり無いようだ。運ぶとなるとやはり高くつくことにはなるが。
 あ、と声が溢れる。高い、で思い出した。
「姉さん、どのくらいまでこっちに居る?」
「私? そうねぇ……ここ、ディアネルの工場あるでしょ? 前からお願いしてたんだけど、そこの職人さんに見てもらえるってなったから、それが終わるまで。春頃には帰るかも、くらいね、仕事は残してこなかったからしばらくは大丈夫だけど。どうかした?」
「石の様子見て欲しくて。前言いそびれた」
「あら重大事。ヒビが入った、とかではないのよね?」
「単に様子見。結構あちこち連れ歩いたから……海も越えたし」
「なら、そうね、仮の石を用意してからね。用意できたら声かけるから、それまで絶対に外さないこと。紐が切れたりしたらすぐ言いなさい?」
「はーい」
 こういう時は職人種族の生まれでよかったと思う。命石の整備、異常が無いかどうかの点検はできるだけ気心の知れた職人に任せたい。幸せそうに手の中の物を空にしたラシエナが姉の方を見やるのが見えた。
「宝石職人、でしたよね」
「ええ、そうよ。叔母さんの工房の継ぎ手で、今は命石用の石の加工とか、手に渡ったあとの点検とかをやってるわ。屋号はまだだけど、結構お仕事も頼んでくれる方が増えてきたところ」
「屋号……って、お店の名前、でしたっけ」
「ちょっと違うかなー。職人としての名前、かな。コウハってお店持てないのよ、法で禁止されてるの」
「えっ。じゃあディアネルって……」
「あーあれはな。裏技っていうか、母さんが法務官相手に口で勝った結果というか。コウハって全員生まれた時に専用の登録するんだけどな、そこに登録されてる人間は店を持てない。理由は扱ってるモノ、作ってるモノが、剣なり宝飾品なりで、しかも特級の認定されてるからだな。コウハが勝手に店に出すと、剣と宝石、金銀細工、一部の魔石なんかの値が崩れるか跳ね上がるかで市場が崩壊する、と。じゃあなにで稼いでるのかって言うと、国か、今はほとんどがディアネルからの報酬だな」
「いくら職人がいても、宝石の原石とか金とか銀とか、そういうのの仕入れは私たちだけじゃ難しいのよね。玉泉なんかは、よく知られてるのは全部国が買い上げちゃってるし」
「その仕入れを、前は国、今はディアネルがやってくれてるわけだな。コウハの職人のところに材料を持ち込んで、加工させて、それで職人には技術料を払う。当然仕入れる側に金銭の負担が集中する……まあ、買い手が付けば純利も上がるんだが、それでも国に養われてた頃は職人に入ってくる稼ぎっつっても微々たるもんでな、ってのが、二十年前くらいまでの前提の話だ」
「……エナついてこれてる?」
「だ、大丈夫、これくらいだったら平気」
 つらつらと流れ出てくる話に必死に食いついて聞いている幼馴染は、あまりこういう話に強くない。習うとしてももう少し先の話だよな、そう思いつつ、この兄が歳を理由に与える知識に差を付けないのも母親譲りだとわかっていたので止めはしなかった。
「んで、店も持てない、貰える額も少ないで、そこそこに生活も苦しくてな。地味にコウハらしいコウハってのは絶滅しかけてるんだな。混血化が進んで各地の村で暮らすのよりも都市に働きに出た方が、って世代が続いたんだ、うちもそうだな。父さんはコウハだが、母さんは他種族で俺もミアもクロウィルも混血だ。もうこれはツァガンに技術を丸っと伝えて絶滅に備えたほうがいいんじゃないか、ってなってたのを、母さんが急に出て来てぶち壊した」
 ――ぶち壊してしまえる人なんだよなあ。おかげで母は一族から神聖視までされている。自分の生まれた村に始まり、それだけにとどまらず世界各地のコウハたちから、である。
「ど、どんな……?」
「まあ、ディアネルの興りの話なんだけどな。元々母さんはずっと貿易商だったってんで、異様に手が広かったらしい。小さい国なら頑張ったら潰せる、程度の人脈と味方と。で、なんでか知らんけどうちの父さんがあの母さんを口説き落としてから急にいろいろやり始めたと。最初にやったのが、流通網の開拓と管理と維持と流通それ自体の請け負い」
「……ごめんクロ、やっぱり無理かもしんない……」
「えーっと、手紙とか出す時、隊商にお金出して頼むだろ?」
「う、うん」
「そうやってものを運ぶ、ってこと自体にお金がかかる、手間だし、道中は『異種』もいるだろうしで危ないだろ」
「うん。護衛隊とか、たくさん雇ってたりする、よね」
「そういう費用がかかる、っていうのが普通。じゃあ、ものすごく安全な道が新しくできて、護衛もそんなに雇わなくても済むようになって、手紙とか荷物を届けるのにそんなに費用がかからないからって手間料も減ったら、頼む人も運ぶ人もすごい良いことばっかりだよな」
「うん」
「それをやった」
「……できるの?」
「できちゃってるんだよなあ」
 串を皿に転がして兄が言う。
「まず、どこの国でも良い、新しい道を作る。そこは母さんたち商人軍団が用意した警備隊をあちこちに置いた、護衛費用が今までの何分の一にもなるような道だ。ディアネル以外の人間も荷も通って良いが、整備費用をディアネル以外の人間と荷から取る。人間の頭数と荷の重さで計算する通行料だな。通行量の全額の中から傭兵の給金を抜いて、あとは商会の運営費に回す。そこをよく使う商人は次第にディアネルに所属するようになって、次第に商人だけじゃなくて人もそこそこ通るようになる。その道沿いに宿ができ始めて人が住み始める。出来上がった街もディアネルが守ってるってんで負担にならない程度には貰う。そういうのをあちこちでやったんだと。しかもディアネルを拒否したら流通が完全に止まる、ってところばっかり狙い澄まして」
「わぁ……」
「そうやって資金を集めて、次は玉泉のいくつかを買い取る。古い、整備されてなかったのとか、枯れてるっぽいのとかな。ほとんど税がかからないのを買い漁って、浮いた金の全額を注ぎ込んで専門家呼び集めて整備したり泉脈掘り直したりして、とにかく片っ端から玉を作りまくる。命石に使う原石なんかは三年あれば研磨しても使えるくらいのは育つから、とにかくそれを各地のコウハの職人に流していろいろ作らしたわけだ。ディアネルの玉泉だから仕入れ値、元手は泉の管理費だけ。しかも仕入れをした国がコウハに技術料を渡すだけで品と商売する権限を持つなら、ディアネルがやっても問題はないだろ、って……まあ色々理論武装もしたんだろうけど、そういうので法務官とか国とか言い負かして、『ディアネルがコウハの職人を雇った』ってことにして、店を持てないコウハの代理店としてディアネルが出来た、と。コウハも鬱屈してたからな、諸手挙げての賛成がほとんどで、今じゃ反対してるのもそんなにはいない。絶滅見えてた一族のほとんどの身請けもやったからなあの人」
「……えっと、はい」
「兄さんその言い方ちょっと説明としては足らないと思う」
「おう? ……ああ、人身売買じゃなくてな。コウハは、ここでもそうだが、市民階級じゃないのがほとんどだったんだよ。奴隷までには落ちちゃいなかったが国に対する隷従を強要されてはいた。そういうのからの解放のために、一回国からコウハたちの身分を買い上げて、自由民に改めるための費用と手続きをディアネルが代理した。キレナシシャスとエルドグランドのコウハだけは、まだ厳密には指定市民の扱いだけど、まあ、技術料だけじゃなくて売値の何割かが直接入ってくるようになって、かなり豊かにはなったしな」
「で、ディアネルだけがコウハの品を扱えるって状態になって、じゃあどの職人が作ったのか、どの工房の職人が作ったのか明らかにして、職人を指定して依頼したい人がしやすいようにって決められたのが屋号ね」
「あっ帰って来た」
「省略して話すと母さんが怖いのよ。内緒よ?」
 姉が笑って言うのにラシエナが全力で頷いているのを見て、なんだか懐かしいような優しい気持ちになれた。気付けばエフェレツィスは皿の上に残った細かいものも丁寧に拾っては口の中に収めていた。相当に気に入ったらしい。
「変わる前は随分ひどかったみたいだけど、今は商品としての価値もちゃんと職人に返ってくるから、なんだかんだで年々腕は上がってるみたいなの、みんな。国は不満かもしれないけどね、屋号でどの国の、ってわかるからなのかいい腕の職人には遠方からも依頼はくるし、いくらディアネルが代理店として収益を管理してるからって、税もあるし、関税も無視できないしで、国にも結構落としてるはずなのよね。だから表立って文句が言われたりは無いみたい」
「……でも、本当にすごい方、ですよね。フィメル様もですけど、なんだかお二人も……」
「ほとんど母さんの受け売りだけどな。今じゃコウハ以外の職人の方が過半数、よりももっと多いか。まあそれくらいはいるし、そうなってくると仕組みも回し方も変わってるだろうから、細かいところじゃ変わってるだろうから、気になったら母さんに聞いてくれな」
「はい。……でも私、言い方というか、すごく申し訳ないんですけど、職人さんがそう言うことを考えてるって少しも思ってなくて……」
「普通は考えたりしないものだから、気にしないで良いのよ?」
「で、でも、」
 何を言えば良いのか、という風な様子に兄と姉が顔を見合わせ、対の目がこちらに向く。いやそりゃどっちかっていえば自分は完全に母さん寄りだけどという目で見返してもあまり意味もなかったようで、更に促されたのをきっかけに視線を落としたラシエナに声を向けた。
「エナ、大丈夫だって」
「え、ぅ……」
「そもそも職人がちゃんと考えてたら絶滅なんて見えなかっただろうしそうすれば母さんも暴れなかったし母さんの思考がこうやって継がれもしなかっただろうから職人が何も考えてないっていうのは正しい」
「おいクロてめえ」
「だって俺に振ったの兄さんたち、」
「二度目泣かしたらキレるわよ男共」
 兄の声が若干低くなった、と思って言い返した瞬間にドス黒い姉の声が聞こえて即座に何も無かったことになった。この辺りの力関係は知れている。皿を綺麗にしたエフェレツィスが満足げに木の皿を眺めているのが見えて早々に穏やかな気持ちを取り戻すことに成功しつつ、ラシエナがあわあわしているのを落ち着け、と手で示して苦笑した。している間に、唐突に頭上で重い、地響きまで伴う音が破裂して身を竦める。
 反射的に見上げれば白んだ空に色鮮やかな火の粉。
「……び、っくりした……」
「おお。もう日の出か。今年は何色だった?」
「四色です、紫白銀藍の」
「お、じゃあ今年は景気よく上がるだろうな」
 花火だ、と見上げている間に衣装を引く手が現れて、膝の上に抱え上げればすぐにしがみついてくる。背中を覆い隠すように両腕を伸ばして小さい身体を支えつつ、ほら、と上空を指し示した。
「花火」
「……おと、」
 言いかけたそこにまた一つ弾け飛ぶ音が全身にぶつかって来る。びく、と肩を跳ねるエフェレツィスの腕を撫でてやりながら、怖がらなくても大丈夫、と声をかけつつ、そういえばと見て思い出した。ぱらぱらと音を立てて散っていく金の光を見上げるラシエナに、その光を指し示す。
「花火も、この形のはディアネルが作ったやつ」
「ええ!?」
「ああ、そういや離れ燃やしてたりしてたな、母さん」
「燃やっ、なんで!?」
「火薬の実験してたとかで、俺が小さい時だから結構前だけどな」
「あーじゃあ俺そのときまだいなかったかも?」
「だな」
「じゃあ覚えてるはずもないか」
 エフェレツィスが恐々としながらも視線を追って空を見上げようとするのに邪魔にならないように気を付けつつ、不安に思わないように身体を支えてつつ時計を上着の中から取り出した。蓋を開いて見てみれば七時二十七分。時間のわりには、あまり経っているという体感も薄い。夜中、深夜にずっと起きていれば狂いもするかと時計は元あったように仕舞って、仕舞い込んだ手に別のものがぶつかって、それでそういえばと姉に顔を向けた。
「姉さん、これって……」
「ん、そうね、じゃあ無事日の出を誰も寝ずに迎えられたので!」
 言う姉もその隣の兄も外套の中で何かを握り込んだ拳をテーブルの上に置く。まだ見ちゃ駄目よ、と言われたのには二人で倣って拳の中に小さいそれを握り込んでテーブルの上に。エフェレツィスはラシエナが手を貸して両手で覆ったそれに疑問符を浮かべている。ラシエナは勝手知ったるという様子。大人しく姉を見れば、全員準備が出来たと見なされたのか、それじゃあ、と声を上げた。
「せーの、で開けて、まず最初に色を見るのよ。そうしたら一番近くにある同じ色を触る。似た色でもいいけどできるだけ近い色をね。はい、せーのっ」
 言われるまま、拳を返して手のひらを開く。ぱ、と目に入ったのは緑、明るい葉の色。
「……エナ、片目いい?」
「その訊き方は怖いからやめてほしい……!」
 言いつつ身を乗り出して目を閉じてくれるのには礼を述べつつ緑の片目の方にぺた、と手のひらを当てる。手の中のものを見れば、どうやら小石のような小さく軽く硬いものに塗料で色がつけられているらしい。エフェレツィスの手が伸びたのは兄の方向で、察した兄がかがめた頭にぺし、と手が付く。ラシエナは花冠から垂れて金の髪と絡んだ白いリボンを手にしていて、姉の手は薄茶の外套、兄の手はこちらの頭を軽く叩くようにして離れていく。
 これはなんとなくわかる。手の中の濃い幹の色と兄の暗めの茶髪を交互に見ているエフェレツィスに姉がふふと笑った。
「今年の守り色を決めるの、今年一年間、エフェレツィスのことはその色が守ってくれるわ。嫌なことがあったり怖いことがあったら同じ色の、どんなものでもいいから触る。それだけで大丈夫」
「なんでもいいの?」
「見ず知らずの人の髪はだめだけど、それ以外なら大丈夫。全く知らない人でも、ファヴァンサを探しています、って言えば触らせてくれる人もいるから、どうしてもって時はお願いしてみると良いわ」
「わかった。……ファヴァンサ、って、どういうこと?」
「意味? は、どうかしら。兄さん聞いたことある?」
「ずっとファヴァンサ、で通って来たからな……呼び名がそうってだけな気もするな」
「そういうものだよ、たぶん」
「そういうもの」
 言えば、復唱した妹が不思議そうに首をかしげる。ややあってからおぼえる、との声。後ろ頭を撫でてやりつつもう一度掌の中のそれを見下ろした。
 新緑の緑の色は、春の新芽そのものか、あるいは柔らかく力強い追い風の色。この冬が終わるまでは、辞書か幼馴染に頼ることになりそうだ。――緑。
「あっ」
「? クロに?」
「そうだ忘れてた、フェルの樹植えないと」
「……あっそうだ、忘れてた」
 ラシエナも思い出したようで二人で無駄に顔を見合わせ紅青を見やる。今度は兄姉が疑問符を浮かべていて、ええとと説明するために言葉を探した。
「なんだろ、願掛け? みたいなやつ、王都ではよくやるからって、俺も本部の裏に植えさせてもらったんだけど」
「精霊返しの無い頃になったら、名前をつけて樹の苗を植えるんです。ちゃんと根付くように、雪に負けずに大きくなれるようにって、男の子は高木で女の子は花のつく低木を、庭とか、家の近くに。東でもよくやります」
「へえ……そんなのが。精霊返しの、ってことは、エフェレツィス今七とかそのあたりか? にしても小さいが」
「推定六歳」
「なんだそりゃ」
「事件に巻き込まれた時に、フェルだけじゃなくてお母上も被害に遭われてしまって、エフェレツィスが何年生まれなのか分からないんです」
 いつの間にそんなことに。兄弟の眼がこちらを向くのにはただ頷き返す。
「二人とも記憶のあたりを害されてしまって、それでその治癒の為もあって紫旗に。って、私たちが聞いたのはそのくらい……だよね」
「最初なんか説明無かったもんな」
 嘘では無いことをそれらしく返しておく。眉根を寄せて聞いていた兄が、しかし不意によし、と呟いた。
「ミア、屑石でも良いから、なんか使えそうなのあったら回してくれ」
「わかったわ兄さん」
「……え、なに?」
「小鳥籠つくってやるよ、迷信、というよりは伝承か? とにかく無いより良いだろ、色食みは怖いからな」
「……いいの?」
「妹構うのに良いも悪いもあるか? 時間はかかるけどな」
「本当は小夜啼鳥が夜の番人としては一番だけど、こんなに寒いと凍えて死んじゃうものね」
 番人。色を護るもの。色食みは夜に来て人の色を喰うという。番人には夜目が利き、昼眠る鳥が良いとも。様々な派生のある伝説だが、色食みは番人の鳥たちの色を毎夜飲まされ最後には必ず破裂して死んでしまう。色食みを退治した透明な鳥たちは功績を讃えられ、毎夜空に浮かぶ月を食べ光輝く星になった、そういう、誰もが聞いたことのある伝説。あるいは童話。
「……?」
「……そうか、わからないんだよな……」
 兄を見上げていた紅は、ついでこちらを見上げてくる。それには、自然と笑いかけることができた。
「お祭りとか落ち着いたら、勉強な。色々」
「うん。……お祭りのあいだは、いいの?」
「先生帰っちゃったからな……」
 ついでに自分たちの教官もいない。なんの勉強してるんだ、と自然と話題を変えてくれた兄には感謝しつつ、何度目かの感覚をやり過ごす。腕輪に触れなくとも、まだ、平静は保たれている。




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