八時間二十七分。五層の結界が解けた。同時にエーフェが声を上げる。
「危険度の無い『異種』を結界の外に誘導する。クラリス、レッセ手伝ってやってくれ」
「そっちは一人で平気?」
「超高位と一緒に歩いてる人間襲ってくる『異種』なんていねえだろ、へーきへーき。それよかレッセ大丈夫か?」
「大丈夫ー! フェルさんの魔法で結構なんていうか身体軽くなったし!」
 疲れたんなら五層抜けて四層に行っとけ、と工学師が言ったのが三時間前で、そこからゼルフィアと共に簡易結界を作ってほのぼの雪だるまを作っては並べてを二時間ほど続けていた騎士は笑顔で返す。あの花弁は今もまだ降り続いている。随分と長く続いている、と思っている間に、上空から何かが滑り降りてくるのが見えてエーフェは脚を止めた。雪は激しさを増している、その中を悠々と浮遊するもの。相方と二人が二層に向かって駆けていくのには軽く手を振って、そうしながら見覚えのあるそれに、あれ、と声を上げた。
「ラクス。久しぶり」
『お久しぶりです、エィフィエ。主様より伝言です、学生の残りがあと二十であること、三層内の『異種』の密度が急激に落ちていること。故に学生が全員脱落した段階で、黒服総出で殲滅を行って欲しいとのことです』
「黒服総出でってことは、ヴァルディアもか」
『主様も参加をと望んでおられましたが、クウェリスに止められて、已む無しに』
「あー……あーまあわからんでもないな、これ渡しといてやってくれ、多少楽になるだろうし」
 言いながら腰袋の中から黒曜石を取り出す。拳大もある、非常に稀少で貴重なもの。差し出された精霊も一度、まあ、と口元を手で覆って、そして満面の笑みで受け取った。
『確かに主様にお届けいたしますわ。感謝します、エィフィエ』
「貸しな。頼んだ」
 会話している間に、後ろに大きな気配がゆっくりと近づいてくる。振り返れば、暗い藍色のローブを身につけた赤髪に紅の瞳をしたもの。肩にはテティが腰かけている。
『……良いのか、逃しても。人は私たちを憎んでいるのだろう』
「無作為に無造作に蹂躙する、ってやつだったら戦ったさ。あんたはちがうだろ?」
『人のモノマネをして、逃れようとしているだけかも判らんぞ』
「逃げてくれんならありがたい。こっちだって消耗したくない。『反鐘』と違ってちゃんと会話成り立ってるしな、お前みたいのと戦うのはナシだ、協会的にはな」
『……理解しかねるな。だが、私も好きで戦いたいわけでもない。……あないしてくれるのか、この結界は私には越えられないのだが』
「ん、ちゃんと山脈の方まで案内してやる、住処そっちだろ」
『ああ。村の皆に心配をかけたくない』
「人間と同じように村で生活してる奴がいると思ってなくてな、巻き込んじまってすまん。あとで協会からとりなしのやつ送るから、村にはそれでなんとか説明できないか?」
『とりなしか……村では一応、薬師をしているが』
「なら医術師の手伝いに呼んだ、ってことにするわ。テティ、グレイ、フェマス、頼んだな」
『りょーかいっ! でもすごいねえ、私も初めて会ったよ、天然の『竜』って』
『そうか? 私を天然、と称して良いのかは疑問だが』
『うん。最近知り合いになった『竜』は紫銀にべったりだったから、天然とは言いづらいかなって』
『……ああ、そうか。あれは紫銀の気配だったのか』
「やっぱわかるもんか?」
『私と似たような者が付かず離れずの魔力がいるのは感じていた。あれが紫銀なら、結ばれた『竜』も嬉しかろう』
 言いながら、南の方角を向いた彼は小さく笑む。――『異種』であるままの『竜』。姿は人と変わらない、多少気配に敏いのであれば「他人とは違う」と比較はできても、それが『異種』だとは思わせないだろう風体に言葉。肩に腰掛けた『妖精』に頼む、と向けた彼は、浮遊してこっち、と示す声には体を向けて踏み出しながら、紅桃に視線をくれた。
『……人として生かしてくれて感謝する。長官殿にもそのように』
「こっちこそ」
 笑って応える。それで歩き出した姿を見送って、この場に留まったグレイとフェマスをみやる。
「『宴転化』と『感霊智』の案内もそれぞれ頼む。『宴転化』は西、『感霊智』は北に行きたいとは聞いてるけど、都度相談してな。あんまり学生に見られたりしないようにしてくれ」
『ふーい』
『わかった。安全な場所まで案内したら、戻る』
「ああ。……アーマス」
 呼べば、自分の体からずるりと何かが抜け出ていくような感覚。背の方向に抜けて行ったそれを見れば、黒髪に黒い瞳の、自分と瓜二つの姿があった。『妖精』の一つ、元は『氾鏡』。姿を似せて惑わすものの性質を継いだ『妖精』は、特に号令がなければ使役主の姿を映して色だけが変わる。
「ラクスの伝言、黒たちに伝えてきてくれ」
『了解した』
 短く、即座に頷いたそれが踵を返すとともに幾つにも分身する。さて、と視線を元に戻して、やおらエーフェは雪面に胡座した。目の前のそれが、くるんとした眼で見上げてくる。
「……どーすっかね、これ」
 『異種』ではない。だが魔法生物の一つ。
 人間によく似た胴体に鳥の脚、翼の腕。宝石をそのまま埋め込んだような大きな両目に、棉のような髪の合間からは蚕の触覚のようなものが後ろに垂れ下がっている。触覚は茶、翼は白に灰色の斑点が浮いた、梟によく似た形。鳥のような脚は今は前に投げ出すようにして、『それ』は雪の上に座っていた。
 死告翼使。天使族が遥か昔に使役したとされる従属種族。その幼生は、工学師の呟きには、まばたきもせずにただかたんと首を傾げる。



 まったく、と苦笑を浮かべたクウェリスには、苦笑だけで済むんだ、と、フィレンスは呟いた。
「コウが急いで運んできたと思ったら一人は出血多量で意識朦朧だし一人は諸々込みで死に掛けだし、エクサの使い魔が運んできたと思ったら「やっちゃった」だもの。呆れたわ」
「えへへ……でもクウェリスさんも、何かしましたよね?」
「そうね、エルシャリスは他人の記憶を吸い出すこともできるけれど、自分のものにした他人の記憶を他人に流し込むことも出来るのよ」
 えげつねえ、と呟いたのはクロウィルだった。ヴァルディアがそれを聞いて溜息を吐き出す。
「騎士どころか剣士にすら不格とアイラーンの騎士に言われるだけでも絶望の上塗りだろうに、追い討ちしたのか、お前」
「ええ、そういうことになったかしらね。止血くらいはして送り返したから、今頃医務室で泣いてるんじゃないかしら」
 『ラクト』の三カ条、とよばれるもの。サーザジェイルのように『ラクト』の名を負って後援を受ける剣士や騎士、魔法使いや魔導師には、それぞれ三つの誓約が課せられる。剣士や騎士の場合は、献身、自省、忠実の三つ。魔導師の場合は、発展、自制、追求の三つ。どの家の後援を受けようともこの三つは変わらない。
 結局彼ら、七班はその場で訓練から除外となった。三層に自身の意思で立ち入ったこと、仲間である班員を見捨てたことが決め手になってしまった。知った他の班の学生たちは、驚いた者もいれば、そうなったか、と納得したような反応を見せた者もいる。聞けばどうやらオルディユールは教師の目の届く範囲の素行は良いが自尊心の強い人間で、他人を貶めること、他人を卑下することに躊躇うような人間ではなかったらしい。教師の目を盗むのが上手い、とは誰かが言っていたが、だが教授の誰一人として驚いた様子も見せなかったことから、どう認識されていたのかは明白だろう。
 証拠が足りなくてな、とは、オルエが言っていた。その言い方にどうやら余罪もありそうだと思って、除外になったことに安堵したのは事実だ。そのオルディユールの取り巻きの三人も、その数合わせで当てがわれてしまったクレイという魔法使いも不遇だが。フェルはマグカップの暖かさを両手で感じながら、白湯をゆっくり口に含む。嚥下して、はあ、と吐き出した息は尚の事白かった。
「もう朝四時ですね……」
「朝焼けは六時頃だな。その頃には学生はほぼ脱落していると思うが……」
「ちなみに今残っているのは、二班の三人、六班の二人の五人。八班の二人、九班の三人の五人。一班の一人と十班の四人の五人。四班五人の計二十人だ。中々粘り強くてな、あと二時間保てば、学院の学生としては満点だろう」
「まるまる残ってる班があるんですね」
「ああ、四班は慎重で堅実な班だな。十班は、惜しいことに訓練中の負傷が響いてな、一人抜けてしまったが、あそこも良い班だ。四も十も班長が良い、何より班員の仲が良く、結束が強い」
「……良い事ですね、よかった」
「ああ。個々の力は多数の結束の前には弱い。協会にともなれば自明だが、学生には良い教訓になったろうな」
 座学で舞い上がった意識を叩き落とす、と、長官は言っていた。確かに最初森に入っていく学生の中に緊張は見えても、恐怖を明確にしている顔は一人二人程度だった。自分もそうだったな、と、なんとなく森を見やって、ちょうど灌木から飛び出してきた五人を見てあ、と声を漏らした。まだ距離も遠いのに、その遠くに声が聞こえる。
「うええええええええええもうやだあああああああああああああああ!!」
「あーもう泣くなってばリヴィエラ!! ってかそれならなんでお前学院入ったんだってなるぞ!?」
「だって師匠が行けっていうんだもんもうやだああああああああああ!!」
「師匠の言いつけ守るのは偉いけど泣くな無駄な体力使うな!! ってかこう無理矢理連れ回してる気分になって心に刺さるからやめてくれ!!」
 なんとなく聞いてしまう。同じ絨毯の上、同じように腰掛けて同じように白湯で温まっていた副学長が苦笑した。
「あれが四班だな」
 ああ、と呟く。温かい気持ちになった。叫び合いながら賑やかに森から全速力で駆けてくる、その背後に『蘭接』が見える。最後の一人の背に辿り着かれる直前に結界の中に滑り込んだ五人を追って結界の壁に正面衝突した異形は、そうと見えていたのだろう、結界の外縁に近い場所にいた剣士の学生たちが集まって結界の中から叩いて倒していた。卑怯なようだが安全策だ、悪くない。
 結界に滑り込んできた五人、四班は、少しの距離を減速につかって、そして足を止めてぜい、と息を乱していた。その中に一人、騎士の背に縋り付いた、綿飴のような小さな翼を持つ一人が、どうやら泣いているその人らしい。五人の中でも落ち着いた様子の一人、女性が副学長に気付いて、駆け足で距離を詰めてくる。絨毯の端に片膝を突いての声。
「四班、負傷は軽度ですが、魔法使いたちの疲労が見えてきた為に一時帰還し休息をと思います」
「うん。そうしなさい。リヴィエラは、大丈夫かね、始まってからずっとああだが」
「泣きながら、それでも効率よく魔法は扱えているかと。ただ加減が分からないとは言っていました、どこで暴発を起こすか分かりません」
「分かった。休憩するなら、みなこちらに来なさい、喉も渇いたろう」
「ありがとうございます」
 少しほっとしたような表情で応えて、女性は班員たちを呼びに戻る。声をかけ、促すそれに三人が足を動かして、一人は目元を袖で拭いながらふわりと浮かび上がる。剣士の外套の端を握ったまま、そのまま地面に足がつかないままで浮遊してやってくる。
 エルク=ラインだと、そう気付いて眼を瞬いた。しかも相当幼く見える、自分よりも下だろうか。思っている間に後ろから肩に両腕が乗ってきて、白い腕のそれにはフェルは素直に振り向いた。金色が肩に乗ってくる。片手を持ち上げてそれを撫でる。
「流石に貴女でも疲れたでしょうから、寝てて良いですよ」
「あーうん、疲れたは疲れたかな、魔法の効果でそんなに疲労ってほどじゃないけど、頭の方が疲れてる」
「一回寝ちゃってください。私もちょっと眠いですけど、あと少し魔法の効果維持しておきたいので」
「じゃあちょっとコウ借りるね」
「ええ」
 苦笑して返せば、黒い膝の上に丸くなっていたコウが立ち上がる。青火を纏って大きな姿になったそれは広げられた絨毯の端にのそりと体躯を伏せて、白服はその翼の下に潜り込んでいく。そこに学生たちが五人ゆっくりと近づいてきて、様子を伺いながらの様子には副学長が苦笑して、フェルはそのオルエの方へと詰める。そうすれば五人が座れるだろうと思いながら、白湯で満たされた薬缶に手を伸ばした。陣が刻んである、雪の上に置いても冷えてしまうこともなく、雪を溶かしてしまうこともないようにと細工されたそれを持ち上げて、横に置いてあったマグカップにそれを注いで一番近くの一人、剣士だろうか、その彼に差し出した。
「お疲れ様です。どうぞ、身体も冷えているでしょうから」
「ありがとうございます、頂きます。ほら、リヴィ、お前が一番喉渇いてるだろ」
「だって……だってあんな囲まれて……」
「わかったからって。ほら」
 渡した白湯は、女性の手に引かれてふわりと絨毯の上に腰を下ろした小さい一人、鮮やかな藍から蒼に抜けていく小さな翼をしょんぼりと垂れ落しながらまだ目元をぬぐっていた彼女に真っ先に差し出される。差し出された彼女は、ぐすぐすと涙声で礼を言って小さく白湯に口をつける。その間にオルエが目を向けて解説してくれた。
「エルク=ラインは知っているかね。非常に魔法との親和性が高く、幼少期の成長が早いことで知られているが」
「間近で見るのは初めてです、……使い魔を持っている学生もいるんですね」
 言いながら、不躾だろうかと思いつつもその少女に目が向いてしまう。指輪と腕輪、垣間見える補助宝珠は使い魔の住処として当てがわれたそれだろう。話題の中心が自分と気付いてか、目元を赤く染めた本人が顔を上げて、あ、と小さく声を落とす。
「え、と……リヴィエラ=フィマス・エルク=ライン、です。えっと、その……よろしくお願いします……?」
「サーザジェイル・ラクト=エジャルエーレです。よろしくお願いします」
 言いかねて迷っての言葉だろうそれには、申し訳なくとも少し苦笑してしまう。ええと、と迷ったようにマグカップを見下ろして、すぐ横の女性にそれを差し出す。剣を腰に吊った彼女は笑みでそれを受け取って、少女の白い髪を撫でながら目線はフェルに向いていた。
「私はイライザ=フィスルマルト。そちらの左隣から順に、オライエド=エフェル、ラジェード=キル・メルク、リヴィエラと、セッカ=タチバナです」
 紹介があるたびに目礼を交わして、それで最後の一人の名前には目を瞬いた。暗灰色、限りなく黒に近い髪と瞳を持つ面立ちの柔らかい彼女は、そのフェルの反応を見てかふんわりと笑んだ。
「東方諸島、アヤカシコネの出身です。大陸を二つも跨ぐので、あまりこちらでは聞きなれない名かと思います。セヴィラス・ラクト=アイラーンとも申します、ですがどうぞセッカとお呼びください」
「……アヤカシコネの魔法は独特と聞きますが、キレナシシャスにその系統の魔法使いがいるとは知りませんでした。アイラーン公爵は目敏くていらっしゃいますね」
 後ろで既に静かに寝息を立てている騎士の頬をつねってやりたい気持ちは抑える。独特、と言えば、彼女は苦笑した。
「こちらとは、少々理論が異なりますね。キレナシシャスは他系統の魔道国家、アヤカシコネの魔法も廃されることはないだろうと、商人をしております父伝いに公爵様に言葉を頂いて、こちらの魔法も学ばせていただいております」
「アヤカシコネは海路でしか他国との交流のない、しかも大海の中にぽつんと浮かんだ諸島国家だからな、魔法と言っても独自の発展をしているのは確かだ。予言や千里眼、草木や大地との対話に優れている。魔法は陣でなく印を刻み、また使い魔の代わりに式神を使う」
「式神?」
「紙や木型、草木に名を与えて、己だけの神を作る術と。こちらでは擬神式、と呼ばれておりますね。神と言っても信心を以って神の名を借り、その力の一部を形代に依せるものです」
「……?」
「私の国では、髪色が皆こうですから、時空神に特別に敬意を抱きます」
 こう、とは、横髪を丁寧に編み込んで、藤の造花を飾って垂らした濃い灰色の髪の先を手に取って言う。灰は時の色、無の白と有の黒の狭間の色。時を司る時空神の色だ。ひとふさを見下ろした同じ色の瞳はそのままもう一度こちらを見やった。
「また太陽神と月神の二柱を特に大事にしております。ですから家々に小さな……こちらで言う神殿でしょうか、社を立てて、毎朝毎夕に水と米、季節の品々をお渡ししております。信心とはそれをどれだけ忠実に守るか、神に寄せる心がどれだけ強いかの言い換えとも申せましょうか。そうして敬う神の力をお借りするものですから、毎朝毎夕の神饌を欠かさぬのが伝統です」
「キレナシシャスの魔導師が神殿を重視するようなものだが、アヤカシコネの方がそれを特別に重く大切な位置に据えている、だな。あちらでは魔法使いでも騎士でも変わらない。もっともあちらに騎士は居ないか、少数であるとは聞くが」
「はい、キレナシシャスに来るまでの間にも多々衝撃を受けました。私の国にも太刀を極める道はございますけれど、術式と太刀とを組み合わせての者が多数でございます。ですが太刀を極める者も、信心の強い者たちですから、こちらのように神との接点とも言える魔法回路を封ずる術はございません。棄てた、と申しましょうか」
 不思議だ、と、フェルは脳裏に呟いた。神と人とは触れ合うことは許されない。それでも神を敬う意識はこの国にも根付いたものであるはずなのに、彼女の言う『信心』はそれとも違うように感じる。彼女、セッカは浮かべて居た笑みを少し崩して、申し訳なさそうな色を混ぜ込む。
「私も物心付いた頃には既に『そう』でしたから、中々、言葉にして説明をと思っても難しいのです。ですが、確かにこちらでは独特の術とは思われますね。公爵様のお力を頂いて術を磨こうと意気込んで学院に入ったは良いものの、こちらの魔法が解らないままで、先生方にもご負担とご迷惑をお掛けしてばかりで……」
「こちらで言う、いわゆる魔法系統……汎用魔法にせよ攻撃魔法にせよ、我々は神の存在と精霊の存在を識り、言い様によっては利用する術を用いるわけだな。故に構築があり、それは数式と定理、文字式で行われる」
 オルエの言うそれが、『魔法』のそれだ。だが、と彼も苦笑する。
「セッカやアヤカシコネの術者たちは精霊や神に直接語りかけることで、地上に宿るそれらの力を引き出して扱えてしまう。故に学院でも何をどう教えたものかと難儀したはそうだが、ロカスィナは始終楽しそうにしていたな」
「……ロカスィナ先生がそうなら、良かった、のでしょうか。あの方はとても好奇心旺盛で、なんというか……その、興味の方向が、斜めでいらっしゃるから」
「でもそのおかげっていうか、相性は良いんですよ、俺たち」
 ラジェード、と紹介を受けた剣士が順に渡されてきたマグカップを傾け、嚥下してから声を上げる。落ち着いたらしいリヴィエラの肩をさすってやっているイライザが、そうね、と微笑んだ。
「リヴィエラの魔法も、リヴィ自身が作るもの。セッカの術も、セッカ自身から生まれたもの。私たち剣士三人も、自分の力でなんとかここまでやってこれた。どれだけ大変なことかはみんなが知っているから、仲間意識は強い方。とても」
「正直蒼樹目指してるんですけど、できれば五人揃っていきたいなーとかも考えてて。そうなると十班の五人もそうらしいですけど」
「今回のこの訓練に参加した中には、軍にと思う者の方が多いのだがな。十人ほど、友人がさっさと白になってしまったからと頑張っているのが居るのだよ」
 友人、と言うオルエのそれには一瞬首を傾げて、それからああ、と声がこぼした。エレッセア、長官が彼女を編成に組み込んだのはそういう意図もあったのかもしれない。思って、意地が悪いんだか優しいんだか、と思っている間にオルエが膝を立てる。立ち上がる寸前に肩を軽く叩かれた。
「そろそろ九時間になる。ほとんど休憩もなくで疲れて居るだろう、休みなさい。五層の結界も解けている、しばらくは他の白黒とこまめに休憩を入れている学生たちでなんとかなるだろうからな」
 途端にうええ、と翼を持った少女が呻いて顔を俯ける。珍しい部類だ、『異種』に対して明確な恐怖を覚えているのに、それでも戦おうとするのは。苦笑して、その彼女に向かって声をかけた。
「ここまでほとんど無傷でいられているのなら、大丈夫ですよ。無理せずに、適度に頑張ってください」
「ぇうう……わかりました……」
 それでも既に涙目になっているのにはさらに苦笑の色を深めて、それでそうだ、と思い出した。既に随分と軽くなってしまった腰袋を開いて、その中から一つの魔石を拾い上げる。それを掌に転がして、翼の少女に差し出した。
「お守りがわりに、どうぞ」
「ぅえ……?」
「ちょっと変わった魔石です。触れていれば怖いのも少し和らぎますよ」
 言えば、躊躇うように指先を宙に泳がせた少女は、そろそろと小さな魔石を拾い上げてくれる。両手の手のひらに転がした少女は、小さく光を放ち始めたそれに、目を瞬いた。
「……あったかい……」
「しばらく効果が続くはずです。怖い時にはそれを握ってみてください」
 学生が『異種』を面前にして、恐怖や負傷による痛みに錯乱しないとも限らない。そう思って作っておいた、精神に作用する魔法を封じ込めた魔石。心を鎮めて鎮静させるだけでなく、安堵を与える、一時的な緩和剤のようなものだが。ぱちぱちと赤くなってしまった目を瞬かせた彼女は、途端にようやく安心した様な笑みを見せた。
「ありがとうございます、サーザジェイルさん」
「はい、怪我のない様に気をつけてくださいね。あと、私のサーザジェイルも貰い名ですから、フェル、と呼んでください。そちらが本名ですから」
「フェルさん」
「はい」
「ありがとう、フェルさん。……やっぱりまだこわいけど、蒼樹、行きたいから、がんばります」
 その言葉には、頷いた。そうするしかなかった。
 エルク=ラインは、短命だ。あまりにも特殊な出生――『彼女』たちは樹から生まれる。特殊な樹に成る木の実、それが熟して落ちたその中から生まれ出でて、一ヶ月も経たないうちにヒトで言う七、八歳程度にまで急激に成長する。長く生きて三十年、彼女は、そこから四年は経ているだろうか。あまりにも短く、あまりにも唐突に死んでしまう彼女たちは、その性状に個々の差はあっても種として常に『異種』に対する異常なまでの敵意と憎悪を見せる。それが彼女たちを駆り立てるのだろう。それを知っていれば止めることなど出来もしない。恐怖を抱いていたとしても一人で逃げ出さない、仲間とともに行くという意思を捨てていないことは、見ていればわかる。
 焚き火のある方に行こうか、とイライザが言って、頷いた彼らと目礼を交わして結界の中央、焚き火の近くへと向かうのを見送る。なんとなく溜息を吐き出した脳裏に声。
 ――休んだ方が、良い。魔法も、もう大丈夫、だろうから。
 それには小さく苦笑した。五層の結界は解けている、クロウィルたちはもう三層に戻っているだろう。自分とフィレンス以外に白も黒もここには見当たらない。問題ないとはその通りだと思って、座った膝に横に置いていた金の杖を持ち上げて、そしてゆっくりと瞑目し、手放す。感触が消え去ったと感じて目を開いて、それから見やれば森に降るのは雪の色だけになっていた。高位精霊たちを随分と長く拘束させてしまった、そう思っているうちに至近に金の光が見えて、見上げればヴァルディアだった。
「疲れているんだろう、寝め」
「……一時間くらいしたら、起こしてください。あと精霊たちに言い訳をお願いします……」
「もうした。だから気にせずに寝ろ。起きた頃には焼畑だ」
「……本当にやるわけじゃないですよね、焼畑。ゼルフィアさんが泣きますよ?」
「場合による。だから寝め、少しでも回復しておけ」
「……はぁい」
 確かに眠いのはそうだ。体力も使った、魔力も削れて、八時間のうちに休憩らしい休憩は一度だけ。フィレンスが素直に横になったのであれば自分は無理をしているのだろう、そうと意識していなくとも。
 そう思って、立ち上がりかけて、一つ思い出して声を落とした。見下ろしてきた視線を見上げて、その外套の端を、軽く握る。
「査定の減点項目に『禁忌魔法の使用』ってあるんですけど、今回許可出てて……でも、やっぱりこれ、減点対象になります……?」
 長官はそれに口を噤んで、そして深く大きく息を吐き出した。
「多少は減点されておけ」
 取り付く島もない。フェルはうなだれて、うう、と呻きながら鋼の方へと寄って行って、そして翼の中に潜る混んでフィレンスのすぐ横に転がった。
 とりあえず寝て忘れよう。現実逃避とわかっていてそう脳裏に言葉を作る。鋼がくつくつと低く笑うのには翼の羽の一枚を少しばかり強く引っ張って抗議して、それから目を閉じた。
 雪の上に敷いた絨毯、それだけなのに冷たい雪の冷気が伝わってこないのは細工がしてあるからだろう。鋼の翼は暖かいからそれだけで事足りてしまう。睡魔が這い寄るのに任せて、そのまま眠った。




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