「クロ、ウィ、ル」
 呼びかける声に振り仰げば、『小さいの』が腕に水差しと木のカップを両腕で抱えて駆け寄ってくるところだった。
「みず、」
 ――イースが、届けて、って。
「ん、有難う、助かった……」
 共通語と古代語の入り混じった声。それに返すのは共通語だが、石の床に座ってぜい、と上気した声では意味通りには伝わらなかっただろうか。すぐに駆け寄ってきて、すぐ横にぺたんと座り込む。
 ――苦しい、の?
「ちょっとな、あれ」
 問いかけには言って、言いながら中庭の方を指差す。木剣を手にしたラシエナと、相対するのは刃を潰した訓練用の鉄剣を手にしたエディルドだった。ラシエナが構えられた鉄剣に上段に打ち込む、それを軽々と流した鉄の表面に木が滑って、剣先が薄く積もった雪の表面を削る。
「重心。腕の力に頼り過ぎだ、剣に振り回されんな」
「滑るんだもん……!」
「口応えしない。重心と身体の軸真っ直ぐに保つのを優先しろ、剣は流されて良い、実際の剣はそんな重さじゃないぞ」
「わかってる……」
 指先で指し示した先の光景を見て、『小さいの』が袖を掴む。苦笑して頭を撫でた。安心させるように。
「大丈夫」
 ――痛く、ないの、ラシェン……。
 水差しを抱えながら、『小さいの』は訓練の様子に眼を向けている。眉根の寄った、不安そうな表情。
 表現が豊かになった。物の名前や人の名前を訊き、その音を模倣する事は少しずつでも進捗は良い方だ、と団長が言っていた。こちらの音韻にも少し慣れたらしい、クロウィルと呼ばれるようになったし、エディルドがエディやエディードになっていたのも少しずつ本名に近付いているのは日に日に聞いていれば察された。
 好奇心の強い方だ。だからその銀の頭を撫でて、こちらを向いた紫にはしっかりと視線を合わせる。
「大丈夫」
 そうすれば、言葉は通じていないでも、ほんの少し表情がやわらんでいく。それからカップを差し出された。
 ――疲れてる、だろうから、て、イースが言ってた。おしごと、だって。
「うん、有難うな」
 今度は頬を軽くつついてやりながら笑いかける。そうして水差しを受け取って、注いだそれを喉に流し込む。
 この何日かの間に、『小さいの』との意思疎通は、言葉を介するものではなく通じない共通語と仕草、訊かれた物や人の名前を覚えて呼べるまで付き合うこと、が、世話を見る人間の間での暗黙の了解になっていた。既に身近なものの名前は、まだ訛りが残っていても共通語でと本人も意識しているらしい、それでも足りない部分を古代語で補う形で、イースとカルド、父と団長と、そして自分との会話が多い。だがこちらから返す言葉は共通語、必要最低限しか古代語では応えない。荒療治にも近いが、その方が早いとは体感があるから素直にそうした。表情、声音、仕草と触れ方。それをこの『小さいの』は良く感じ取って理解している。
 倒れる音がして目を向けた先、薄い雪の上に倒れこんだラシエナは、それでもすぐに立ち上がっていた。衣服や肌が汚れることも気にしていない、ただ少しずつ傷が増えていくのには、エディルドの方がすこし躊躇っているようだった。
「……無理すんなよ?」
「大丈夫、無理してない。ってゆうかお母様もお父様も、アイラーンの子なら最低でも教導称号取りなさいって言ってたし、先生になるんでも剣使えないと叙任受けれないし!」
「いやそりゃそうだがな……。紫旗の訓練じゃなくても良い気がするぞそれなら、家でできんだろ?」
「……家でやるのなんかやだ!」
 年子の弟はすでに家で剣を習い始めているという。大方そこらでの負けず嫌いなのだろうと苦笑していれば横から不思議そうに見上げる眼。
「弟いるんだ、ラシエナには」
「……?」
「対抗心、な。たぶん」
 言葉が通じなくても、語りかければちゃんと聞いているのが判る。様子と声音、仕草を読んで察することは、どうやらこの『小さいの』は得意なようだった。大丈夫だということが伝わったらしい、石の床で冷たいのは気にせず、ぺたんと座ったまま雪を払って構え直すラシエナを見つめている。
 剣を交わすこと、魔法を向けられることに恐怖は抱いていないらしい。それよりも言葉を向けられること、知らない手が伸ばされることの方が恐ろしいらしい。もっとも、前者が普通は恐怖を覚えるようなものという認識がないだけかもしれないが。
「おーい『小さいの』、……っと、クロウィル、どうだ?」
 声がして、顔を向ける。戸口から半身を覗かせた団長が見えて、力なく笑う。 「すっごい疲れるね鉄剣……」
「そりゃな。重量全然違うから慣れるまでは重いだろ。力の使い方考えろよ、腕の方が負けたら一生に響くからな」
「うん」
 答えている間に、大股で距離を詰めてきたクォルクは水差しを抱えた『小さいの』を抱えて持ち上げた。紫を瞬いた『小さいの』が見上げるのには、クォルクは同じ紫を向けて口を開いた。
 ――お前に紹介したい奴がいてな。忙しいとこ無理言って連れてきたんだ。
 ――……ひと?
 ――そう、お前も一回会ってるだろ、金色のやつ。
 首を傾げた。こちらまで聞かせている、ということは、と見上げていれば、団長の紫がこちらを向いた。
「お前も付き合え、ってか、お前の耳に聞こえないような細工してもらわんとだしな」
「……やっぱり聞こえなくするしかない……?」
「意味はわかるけど魔法的要素は弾くように、って頼んではおいたんだがな、結局どっちになるかの連絡貰ってねえんだわ。凝り性だからなぁ」
「……誰?」
「お前も会ったろ、少し前に」
「……誰だろ、最近いろんな人と会ってるし……」
 言いながら立ち上がる。『小さいの』が腕の中の水差しを見つめているのに気付いて、手を伸ばせば素直に渡してくれる。受け取って、コップも持ち上げてから中庭の二人に顔を向けた。
「エディルド、ラシエナ、水ここ置いとくから!」
「おー、ありがとな! 『小さいの』が運んでくれたんだな、ありがとな」
「すっごい喉乾くから助かる、ありがとー! 団長、何かあったの?」
「客だよ。エディルド、クロウィル借りるぞ」
「了解。クロウィルは今日は終わりでいい、剣の手入れだけしとけ」
「わかった!」
 いくぞ、とすぐに踵を返した団長の背を追う。この数日で剣帯の扱いは覚えた、訓練以外には剣帯は外していてもいいと許可も貰っている。鞘を外して組紐は鞘から剣が抜けてしまわないように鍔に引っ掛けるようにして巻いて締める。腰から外した剣帯を部屋に置くのに少し足を止めてもらって、剣だけ手に握ってすぐに戻る。階段下で待っていてくれた団長は、腕に抱えていた『小さいの』がわたわたと両腕を泳がせているのを肩に押し上げてやっているところだった。
「……ど、どうしたの?」
「いや、なんか高いところ好きみたいでな。テラスとか気にしとかないとだな……落ちたりするかもしれん」
「え」
「ちょっと様子見頼むわ。護衛の眼もあるが、最近少しでも目を離したら狭いところに入り込んでたりとかするからな、こいつ」
 肩に腰掛けるようにした『小さいの』は、藍色の頭に両腕を回して、それで落ち着いたらしい。脚を押さえるようにした団長も笑って、それで階段に足を向ける。それを追いかけて後ろについていく。
「……あ、で、誰が来たのか、って、聞いていい?」
「前に、俺の部屋の前で会ったやつだ。紫樹学院の研究生……拝樹試験の受験予定の学生なんだがな、こいつと同じ古代語母語話者だ」
 こいつ、とは、脚を押さえた手で『小さいの』の膝を叩く。反応するように銀色が揺れて、そして頭にしがみつく両腕に力が込められるのが見えた。怖い、という類の仕草には見えない。甘え、だろうか。それよりも。
「……母語話者、ってことは、同じ? 聞いたら『小さいの』がどこから来たのかとか……」
「それがなぁ。あいつ……ヴァルディアって言うんだがな。あいつ自身の出身もなんもわからねえんだわ」
「……なんで?」
「秘密主義、ってか。何も言わねえんだ、本人がな」
 折り返した階段を登って二階へ、そのまま三階へと向かう。そうしながら声は途切れない。
「どこ生まれだとか、古代語をどこで習ったかとかな。ただ、まあ、年齢出身種族その他が不明でも魔導師としては相当だからな。妙な魔法も知ってる、だから前から紫旗には協力してもらってるんだよ。この前の時もそうだ」
「……年齢出身種族その他ってほぼ全部じゃ……」
「今必要なのは古代語母語話者ってところと、お前が突然死しないようにする方法を知ってる、って二点だからな。ちょうどなんだよ、交換条件引き摺り出されたけど」
 どうやら中々の人らしい、と、話を聞きながら思う。記憶を浚って、そういえばと思い浮かべたのはローブ姿の、自分より幾つか上のような風貌の黄金色。
「……そんな人だっけ……? 全然そんなに見えなかったけど……」
「まあ、外面はな。お前は得意な部類の人間だよ、正直なのはそうだしな、隠してるだけって意味じゃ古代語母語話者らしいし」
 言っているうちに四階の床を踏んでいた。しがみついた『小さいの』を下ろした団長が、伸びて来た手を屈んで繋いでやりながら扉までの短い距離を詰める。扉の中から誰かの声が、と思っている間に団長の手が扉を引いていて、そして中を見て、げ、と呻くのが見えた。そして部屋の中から聞いたことのある声。
「あらクォルク。ごきげんよう、わたくしの友人が紫旗に拉致されたと父に聞いて飛んで参りましてよ」
 足が止まった。聞き覚えのある声、ありすぎる声。思わず後退りしそうになるのに気付いてか、『小さいの』が振り返る。こちらに駆け寄ってくる。
「……拉致ではなく穏便に出頭願っただけなんですが……」
「レスティ様がそれはもう冷たい眼をしていらっしゃったこと、お伝えしておきますわ」
「……いや、ってか、何で普通に俺の部屋に居座ってんですか王女殿下」
「言った通りですわ。貴方がまたヴァルディアを殺そうと画策していないか監視に来ましたの」
「シーナ、根に持つな、何年前の話だ」
「だって」
 聞き慣れない声の応酬を聞いているうちに『小さいの』が手を伸ばしてくるのには手を繋いでやる。途端に、ぎゅ、と、握り締めるようなそれに何かと思って目を向ければ、紫は団長の方、部屋の方をだろうか、そちらを見ているようだった。
「ひと、」
 ――精霊のひと、いる。
「精霊の人……?」
「クォルク、本人は」
「連れて来てる。クロウィル、『小さ……いの』は、どうしたんだ?」
「よく、わかんないけど……」
 おいで、と言いながら手を引けば、それでもついて来てくれる。団長が扉を押さえてくれるのに従って部屋に入れば、最初に眼が合ったのは蒼桃だった。あら、という顔で口元に手を当てるのが見えた。
「『グランツァ・フィーヴァ』?」
「……お久しぶりです、王女殿下」
 そういえばこの王女に対してはそうとしか接していないんだよな、と、ここに至って思い出した。どうしたものかと思っている間にその王女が頬に手を当てて嘆息する。
「……嫌だわ、紫旗の新しい子弟だって、あそこでちゃんと聞いていたのに。全然想像していなかったわ……」
「紫旗は子弟と言っても沢山いますから、あまり気になさらず。クロウィル=コウハです、改めて、よろしくお願いします」
「こちらこそ。ねえ、ディア、この子がそうよ。さっき話していた子」
「ああ、お前を怒らせた元凶か」
 王女の顔が向いた方向、左の壁の方。本棚から何かを引き抜いて開いている後ろ姿。深い紺色のローブに、長い金色の髪が一括りにされている。王女の少し拗ねたような声。
「元凶じゃないわ、元凶は父様だもの。でも、おかげですっきりしたわ」
「兄達はどうした」
「アイラーンに放置……リアの実家の軍の下っ端に入れてもらったわ。リアが嘆いたのはその所為なのだけれど」
「あいつならいくらでも困らせて良いだろ、それにあれは楽しんでる顔だ。むしろ公爵の心労の方が心配だが」
「オルヴィエス様は厳格な騎士様よ、それにクライシェ様もいらっしゃるもの。骨身に礼儀と謙遜のケの字くらいは一年で刻んでくださるわ、絶対に」
 期間が倍になっている気がする。最初が十日だったのを考えれば三十何倍か、と勝手に脳裏に計算式が浮かんでいくのを意図的に振り払う。後ろで、扉を閉じたクォルクの声。
「……あー。ヴァルディア、用意大丈夫そうか」
「ああ。……オフェシスは読めるようになったのか?」
 そこでようやく金色が振り返る。一度こちらを見た濃い金色は、すぐに声を返す団長の方に向いていた。振り返れば団長は肩をすくめている。
「おかげさまで。クロウィル、座っとけ。王女殿下、色々と準備があるもので、何もお出しできませんが」
「そこまで期待しておりませんわ、ディアと久々に会えただけで十分ですもの」
 肩を押されて、『小さいの』の手を引いてソファに向かう。向かおうとして、『小さいの』の両手に右手を掴んで握りしめられて足を止めた。見れば、紫は金色を向いて、そして全身が硬直してしまっている。
 どうした、と、声を向けるより先に金色のその人が本を閉じる方が早かった。ソファに腰掛けた王女にその本を手渡して、『小さいの』のすぐ近くにまで距離を詰めて、静かに絨毯に膝をつく。金の髪の先が床に擦れるのも気にせず目線を合わせて、そして声が聞こえた。
 ――心配ない、この精霊たちは私の使い魔だ。
 そう言っているのだと理解できる、こちらにも聞かせてくれているのか。思う間に『小さいの』の手が揺れる。
 ――hyuvac、て、なに……?
 ――強い力を持つが、人間の味方をする精霊だ。この精霊たちは私の言うこと以外は聞かないが、お前をずっと見続けているのが嫌なら退がらせる。気になるか。
 ――……こわい、から、……いや……。
 ――わかった、退がらせる。
 紫を向いていた金色が少し肩の後ろへと目を向ける。そうしてから次に向いたのはこちらだった。
「クロウィル、だったか。座っていてくれ、『紫銀』はほんの少しの間預かるが」
 こちらに直接向けられた声は流暢な共通語。団長を見れば、頷きとともに肩を叩かれる。じゃあ、と『小さいの』の手を左手で軽く撫でてやってから手放せば、その手が再びこちらを向く前に金色がその腕に触れて制していた。古代語の響き。
 ――まず話しておかなければならないことがある。聞いてくれるか。
 ――……なまえ……。
 ――ヴァルディア、と名乗っている。
 促されてソファに腰掛ける。目を向ければ、金色と紫は見合ったまま。『小さいの』の方が、すこし、身を引いている。
 ――……ほんとの名前じゃない……。
 ――嘘はついていない。
 ――……うん、隠すなら、きかない。
 ――ああ、
「……クロウィル、で良いか」
 急に声を向けられて、思わず少し肩が跳ねた。声で応えられず頷けば、頷きが返って来た。そうしてから立ち上がって、彼はその場の全員を見渡す。
「全員に聞いていてほしい。シーナ、お前は帰れ」
 シーナ、と、呼ばれて顔を上げたのは王女だった。蒼は眉根を寄せた、不満顔、だろう。
「どうして?」
「お前が聞くには言葉が重い。あとで内容は伝える、それで良いか」
「……分かったわ。でも、それならここで眠っていても変わらないわよね?」
「駄目だ。クォルクもユゼも俺を封印しようとしてここに呼んだんじゃない、分かってるだろ」
「……恨みますわよ、クォルシェイズ」
「我らはただ王の為に。御不興は覚悟の上です」
「……まったく、言い返せもしないのだから嫌だわ。ディア、また来た時は離宮に寄って。リアの話も聞きたいから」
「わかった」
 そこまで言い交わして、ドレス姿の王女はソファから立ち上がり、扉へと向かう間に空気に溶けるようにして消える。紫旗の隠形だろうか、思っているうちに『小さいの』が駆け寄ってくる。なんだろうと思って黄金を見れば、どうやら背を押してこちらへと促してくれたらしい。膝に抱えあげている間に、団長とその紺色がそれぞれソファと一人掛けに腰を落ち着けた。すぐに黄金がこちらを向く。
「クロウィル、そちらは、ロツェを『聞ける』と聞いているが」
「一応、……そういうことになっています」
「普段のままでいい、俺はただの学生だ。事情は聞かない、喋れるようにしていてくれ。可能とは聞いている」
「……分かった、けど、団長は……」
「巻き込めるのであれば巻き込んでもらった方が有難い」
 なら、と、首から提げた鎖を引っ張り出す。母に幾つかの予備を譲ってもらった、そのうちの一つ。耳を塞いでいてくれと言えば金色はすぐにそうしてくれて、膝の上の『小さいの』の耳は自分で塞いで、目を伏せる。ゆっくりと息を吸う。
「『全員、声を交わすことに不自由の無いよう』」
 言い終えた瞬間に小さく何かが割れる音がした。強い違和感に眉根に力が入る、『小さいの』の耳を押さえていた手で慌てて両目を抑える。団長が立ち上がって近付いてくる音。
「どうした」
「違、大丈夫……」
 触媒が割れた音、強度が足りないなんてことはないはずなのにと脳裏に湧く一つの衝動を押さえつける。――赤。赤が欲しい。
「……どうしたの?」
 『小さいの』の声。手で隠したまま、何度も瞬きを繰り返す。そうしながら動こうとした団長の方に声を向けた。
「ごめん、大丈夫。抑えられる」
「割れたか」
「うん、……ごめん、多分強度足りなくなってる。今は大丈夫、使い終わってるし、軽いから。でも水欲しいかも……」
 言って、恐る恐る、眼を押さえた両手を下ろす。紫と一番に鉢合わせて、『小さいの』の表情は驚きを表すものへとわずかに変化していた。
「……みず、もってくる?」
「大丈夫、我慢できるから。……団長、ヴァルディアさんも、ごめん、話中断させちゃって」
「……種族特性か?」
「です、……いや、うん。俺コウハの純血じゃないから、混ざってて、混ざってる方がちょっと厄介」
「対処は」
「できる、大丈夫。どうにもなってなさそうだったら父さん呼んで欲しいけど、今は大丈夫。……ヴァルディアさんの話、してもらった方が気も紛れてて良い」
「何かあったらすぐに。急ぐ話だが、優先順位があるからな」
「分かった、ありがとう。……『小さいの』も、大丈夫だから」
 黄金を見ての会話を終えて、それでもまだこちらを見上げたままの銀の頭を撫でてやりながら言う。この言葉は嘘を嫌う。嘘は言えない。だから言えば、紫は頷いてくれた。膝に抱え直してやってから団長に眼を向ければ、やはり思った通り、難しい顔をしていた。促すような金の声。
「……クォルク」
「……分かった。頼むわ、ヴァルディア」
「ああ。まず初めに、俺はこれからしばらくこの本部で生活する。理由は『紫銀』の通訳として、また情報収集のため。交換条件は引き出しているが」
「まあな。イースとレティシャがその間こいつの勉強を見る。拝樹試験の準備期間中に呼んだわけだしな」
「等価だな。だが通訳云々の前にやっておかなければならないことがひとつある」
「……?」
 疑問符が浮かんだ。膝の上の『小さいの』も同じような様子で、その中で彼が淡々と口を開いた。
「『小さいの』の名前を決めなくては話にならない」




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