ど、と重い音が響いて文字通り『降って』きたのを見て、ヴァルディアは瞠目して、そして即座に瞑目して溜め息を吐き出した。
「……ちなみに聞くが、重さは?」
「たぶん、かなり、相当」
 鋼の上から声。それも相当眠そうな声。追いかけて来るように段を踏んで降りて来る白服が一人。
「ごめん長官、失敗した」
「……どう失敗したらこうなる?」
「いや、フェル起こそうとしたら先にコウが起きちゃって」
「そっちか……」
 不明要素が明らかになったのは良かったのか何なのか。ふしゅう、と若干牙を見せつつ息を吐き出す竜の鼻面を撫でてやりながら眼を上げれば、鋼の中に完全に埋もれた魔導師の、その銀の髪だけが流れて見える。オルエが、おお、と呟きながら距離を詰めた。
「素晴らしい使い魔だな。姿を多数持つものは珍しい、見た所夜の眷属だが」
「観察眼には感服するが、言うところが違う。この建物の強度があるからせめて重さは減らしてもらいたいものだな。……それより先にやることがあるんだが」
「三分は保つ。なら二分程度遊んでも構わんだろう?」
「遊んでるって自覚はあったのか副学長」
「乗ってきた時点で同罪だぞ学長。どうするのかね」
「……とりあえず使役者が何とかしろ、フェル」
 垣間見える銀色がさらさらと揺れる。そして止まった。
「ねむいのできょひします」
「起きろ」
「……なにするんです……」
「旧七式結界だ、得意分野だろう」
 即座に鋼から銀色が起き上がる。背を立てて座った姿勢でも胸元まで鋼が覆っているのを掻き分けて、鋼の背から滑り降りた黒服が下へと向かう階段に向かって一目散に駆けて行く。副学長の眼には見返して、その後を追う。その間に何事かと動向を見守りつつ囁き声の絶えなかった臙脂に向かって声を向けた。
「想定内の襲撃だ、その場で待機。小物は外で白服が掃除している、お前たちは動くな、訓練外の事象だからな」
「ちょっと違和感あるかもしれないけど体力温存を優先しておいて、この後の方が大仕事だから」
 追いかけようとした鋼の首元を腕で押さえたフィレンスが続けて言う。鋼に向き直ってから小声で囁いた。
「フェルに迷惑かかるよ、良いの?」
『…………よくない』
「なら落ち着いて、何あったのかとかは後で聞くから」
 言えば沈黙、そして青い炎が立ち上って、いつもの肩乗りの大きさに変じたそれが跳ね飛ぶような速度で黒服と長官の後を追いかけて行く。副学長が苦笑しているところに眼を向ければ、おや、という顔で見返された。
「君は行かなくて良いのかね?」
「十四階梯が楽しそうに外飛び回ってるから、邪魔するのはちょっと」
「……彼女は書記官ではなかったか?」
「そのはずなんだけど。元々白服だとは聞いてたけどここ何年かはずっと書記官」
「それで何故……」
「あー、そりゃ俺が火ぃ付けたからだな」
 欠伸を噛み殺しながらの声がまた上の段から降りて来る。黒いクロークを巻きつけながら、エーフェは頭をがしがしと掻いた。
「あいつ挑発すぐ乗っかんな……あと俺もこの任務終わったら黒服戻っからよろしく」
「え、なんで」
 すれ違いざま、ぽんと肩を叩きながらのそれには素直に疑念が湧いた。図書館に戻らなくて良いのか、という疑念には後ろ手に振られた左手が応える。
「図書館長の命令。西の人員不足が想定以上だっつうんで工学師が必要だとよ。弟子の様子見て来るから戻ってて良いぞ」
 ひらひらと手を振りながら下へ向かう階段を降りて行く桃色は言葉半ばで見えなくなる。弟子、と言われて首を傾げたが、下に向かうのならヴァルディアか、フェルの事だろう。監視哨自体を守る結界術は地下一階にある。臙脂達が待機しているのは地上一階と二階、その上の三階が厩舎で、四階を飛ばして五階に白黒が待機している。結界、とは聞こえていたから強化のために向かったのだろう、なら出る幕も無いかと思って降りてきた段を上ろうと踵を返して、一拍。
「ちょっ、待って……っ!」
 ぐ、と肩辺りを押さえつけるような衝撃があって足を止める。ざわざわとした雑談があちこちから聞こえる空間に戻ったそこの端、階段のすぐ側から伸びた手。与えられた力の方向に振り返って、見えたのはその手がクロークを掴んでいる様子だった。見覚えのある色。
「……知らないだろうから一応言っとくね」
「はい」
「一般的な騎士のクローク掴むのは挑発とか侮辱の意味だよ、仕える家の家紋やら主を示すものだから」
 すぐに手放された、握っていたその手が宙を泳いで、手を泳がせた濃緑は青い眼も泳がせていた。苦笑して副学長に目を向ければ肩をすくめて返される。それで手すりのない階段から直接その近くに降りた。
「どうかした?」
「『異種』討伐の経験者に聞きたいことがありまして……俺らまだ一回しか実戦やったことなくて、あんまりっていうか……」
 ああ、と思う。十班の五人が囲んで広げているのは今回の訓練内容を詳細に記した、いわゆる指示書だ。わざわざ詰めて場所を空けてくれるのには丁寧だなあと思いつつそこに腰を下ろした。
「回数ごとで慣れていくものだからそこは仕方ないね。聞きたいことって?」
「今回、魔導師の方が切り抜けるのは難しい、って事前には通告されてたんですけど」
 赤青、珍しい組み合わせの色をした一人が同班の魔法使い二人を見て言う。二人も頷いて、それからまたこちらへと視線が戻ってくる。
「剣士的には、何とかその支援とかできないかと思って」
「……なるほどね」
 真面目な班だ、と思う。きっと全員が拝樹を目指しているのだろう、軍にと思えばここまでの人間は少ない。何よりあのエレッセアの友人たちであるとはクロウィル伝いに聞いている。問いを発した赤青、タヴィアは指示書の中から地図を引っ張り出していた。
「これ協会の方からもらったって地図なんですけど、本当大まかな範囲に川とかしか書かれてなくて。着いた時遠目に見たんですけど、樹が邪魔だな、と」
「運悪く常緑樹の森っていう」
 青緑、クライアが腕組みに唸る。地図には森が広がる範囲、川の位置、そして結界の範囲が五重の円形になって並んでいる。ひとまず何から説明するべきかを少し考えてから、魔法使いたちに目を向けた。
「これから色々質問するけど、分かっても口に出さないでね?」
「……?」
 白金、ハシェラエットが疑問符を浮かべるが、もう片方、縹藍は何も言わずに頷くだけ。その反応を見てから、フィレンスは剣士たちに目を戻した。
「まず前提ね。今回魔導師の方が難しい、の理由は何だか分かってる?」
「……標的を認識しにくいこと」
「それは剣士も同じ」
 クライアは腕組を深めて背が前傾する。横のサシェルが、指示書に向けた茶色の眼を軽く伏せる。
「『異種』の多さ……も、同じだし……」
「……こう、手掛かり的なものは」
 タヴィアが求めるような眼を向けて来る。さすがにこのままでは難題だったかと小さく笑った。
「今回の結界内に閉じ込められてる『異種』は、この監視哨付近の原生種だけではない。まずこれが『手掛かり』の一つ目」
「……水平思考みたい……」
「できるようになると万が一の時に対応が楽だからね」
 サシェルの呟きには似たようなものだ、とそう返しておいて、その間に魔法使い二人が気付いたらしかった。二人で耳打ちをして頷き合っている。そのまま、剣士三人が思考に埋まっているまま少し待って。
 そうしてから、苦笑した。
「皆、蒼樹領域の地理は頭に入ってる?」
「……一応……?」
「今回の計画は何段階かに分かれてる。説明されてると思うから、思い出しながら聞いてね。蒼樹の場合の第一段階は、まず蒼樹の領域周辺、辺境地区の中位『異種』の一斉討伐。これによる効果は?」
「……『異種』は、『異種』の討伐された後に残る氣を感知して、危険域から離れようとするけど」
「キレナシシャスの西側の国境って山脈だろ? しかも紫樹との境界線とか、王都とか白樹との境界線にもってなら、山脈の麓から討伐していっても中央に集まるはずじゃ」
「その通り。第一段階は『蒼樹の管轄範囲に存在する『異種』の数を確定する』ことが目的。第二段階は?」
「教授からの話だと、蒼樹領域の南から忌避効果のある魔法で北に集めるようにしながら、追い込みつつ数を減らして、高位以上は紫旗師団に任せたって……」
「そう、その通り。第三段階で、蒼樹の街以南の『異種』を大規模戦略魔法で焼き尽くしてるんだけど、それが紫旗の任務。協会からの依頼だね」
 それで第十部隊と第十一部隊からは抗議まがいの泣き言が聞こえて来ていたが、指揮官として言うべきは「黙ってやれ」だったので問題ない。思い出して本当にやってくれちゃうんだから魔導師って恐ろしい、などと思っている間にタヴィアが魔法使いの方を見遣っていた。
「……大規模戦略魔法って戦争用の魔法じゃ……」
「……うん、半径二〇〇〇メートルは確実に被害被るかな、って感じの魔法。使える人のが少ないと思う」
 ハシェラエットがうわあ、という顔をしながら解説してくれる。それには苦笑した。
「まあ平原一個に存在する、ある一定以上の強度を持つ魔法生物一気に掃除する魔法だから、戦争用っていうのも間違ってはないけどね。それで、第四段階。蒼樹の街以北の境界部分の計八箇所に大規模な結界を展開、居住地を保護した上である一点に『異種』を追い込む。その上で追い込んだ『異種』全てを閉じ込める結界を築いてしばらく放置。どうなると思う?」
「……飽和現象? 空気中の氣が枯渇して生きていけなくなった『異種』が精霊を襲って、精霊がそれを忌避して土地から離れることで土地の氣が減少する。仕方なく、『異種』同士の共食いが始まる……」
「……って、もしかして、……ちょっと、待った待った待ったマジか……!?」
 指示書に手を伸ばしたのはクライアだった。何枚もあるそれを広げてその中の一枚を取り出す。要討伐対象と題された一枚――細目には『不明』の文字。
「さて、共食いの結果どうなるでしょう?」
「……弱肉強食の淘汰、その中での進化と適応……」
「……進化種相手にする、わけ?」
「その通り」
 言った途端に五人全員が沈黙した。地図をじっと見つめているのはサシェルで、クライアとタヴィアは思案顔のまま一言も漏らさない。さて答えは出るか、とその様子を見ているうちに、後ろから視界に影が被さって、何かと思う間も無く両肩に重いものが載せられるようにぶつかって来た。
「っ、って、なにしてんのフェル……」
 両肩に乗せられたのは黒い袖、年頃の少女のように刺繍で飾られた飾り袖のそれ。衣装部から仕立てられた黒いそれが届いてから、黙々と作業を繰り返していたのは知っていたから肩に顔を伏せた、その髪色を見ずとも分かった。くぐもった至近の声。
「……結界張り直し……」
「して来たの? 強化じゃなくて?」
「もう地下の微弱忌避網すり抜けて来てたのがいたので、強化だけだと逆に招き入れかねないって長官が……」
 押し返す形になったのか。思いながらお疲れ、と片手でその頭を軽く撫でてやりながら剣士たちに視線を戻す。フェルの乱入には少し驚いた風だったが、思考を乱しているわけではなさそうだった。ただ答えを得られたようでもなかった。頃合いか、と口を開く。
「魔導師が難しいって言われた理由ね。季節が冬であること、相手取らなければならない『異種』が南北から集められた上進化、適応している可能性が非常に高いこと。蒼樹領域でも南では雪が降らない年もあるくらいには暖かい、つまり火属性が効果的でない『異種』が発生している可能性が高い」
「……この時期氷属性で戦えないのは致命的ですから……」
「……フェル、疲れてるの? 眠いの?」
「おっきな結界の自我の子を抱えてるので頭のなかすごいことになってるだけです……魔力消費はそんなじゃないので気にしないでください……」
「いや、気になるんだけど……とにかく、『魔導師が難しい』のはそういうこと。対応策がないわけではない、魔導師なら対策できる、純粋にその対策を戦闘中に行うことが難しいだけ。だから学生が入れるのは一層と二層だけ。ほとんど原種しかいないはずだからね」
「あ、なんだ、そうなんだ……」
「ただし低位の進化種がいないわけではないので注意すること」
 タヴィアの安心したような声には即座に差し込めば、素直にはい、と返事があった。なんとなく周囲の目が集まっているような、とは思うがそれが自分の所為なのか背中の銀の所為なのかはわからない。とりあえず話を先に進めようと、それで、と言葉を続ける。
「そんな難しい魔導師を護衛、かつ共闘すべき剣士がすることは一つだけ」
「一つ?」
「そんな難しい話じゃないですよ……今の話聞いてれば自然とわかるようなことです……」
「……原種は多そう、進化種もいる。季節は冬、寒冷適応種の発生の可能性もある……冬の『異種』に火属性がよく効くのは冬ではいつものことだし……」
 呟きながら確認をしていたサシェルの視線がちらと魔法使い二人を向くが、二人は揃って別々の方向に視線を逸らして答えない。言いたくてたまらない、という様子が、強張った口元から伺えた。耳元で大きな溜息が聞こえて、そしてむくりと起き上がった頭に揺れる金と玉石の飾りが擦れあってちりちりと鈴のような音を立てる。紅の瞳は五人をぐるりと見渡して、それだけで今何が起こっているのかを把握したようだった。口元を手でかくしての小声。
「たぶんそれ剣士だと気付けないですよ」
「だから考えてもらわないとでしょ、苦労するの魔法使いなんだから」
「……そっか」
 案外すんなり納得するんだな、とフィレンスはすぐに落ち着いた眼に小さく笑う。それから目を戻してもやはり答えは出ないままのようだった。じゃあ、と、色違いが向いたのは魔法使い二人の方。
「答え合わせしようか」
「冬だとほとんど氷と水しか使えないんだよ、魔法」
 待っていた、と言わんばかりにヤルジェウルが口を開く。ついでハシェラエットが身を乗り出した。
「火なんて以ての外。最初は使えても、今回の訓練丸一日二十四時間継戦しなきゃいけないし、学校が支給してくれた魔石なんて始まって十時間で溶けるくらいしか用意されてない。場所が森だからって木が使えるかって言ったら、冬はほとんどの樹にとっての休眠期だから精霊も寝てるの。あちこちで乱舞してる氷と、氷と仲のいい水、あって風くらい。雷なんかも無理」
「無理『させたら』四肢から溶けるので注意してくださいね?」
 フェルが剣士三人に向かって言えば、うわあ、という顔が三つ並ぶ。剣士の負傷が多く、治癒魔法回復魔法の使用頻度が上がれば当然魔力不足に陥りやすい。不足程度で済めばまだ良い、魔力不足を越えた場合は人体を構成する氣が魔力に変換されてしまう、そうなれば霊化症の罹患率は九割以上。ほとんどの魔法使いは生きて帰れないどころか形さえ全て無くしてしまうかもしれない。
「だから剣士がやるべきは一つだけ。『氷、または水属性が効果的なもの以外を最優先で撃破する』。それだけ」
「…………」
「簡単でしょ?」
「……フィレンスさんって階梯いくつか、って、訊いて良いですか」
 問いかけたクライアの目が据わっている。フェルは力なく笑い、対するフィレンスはにっこりと笑って見せた。
「協会に入るつもりなら襟の刺繍は読めるようになっておいたほうが良いね。十三だよ」
 たぶん周りにも聞こえてそうだなあ、とは思いながらもフェルは何も口を挟まない。クライアの据わった目は、急激に諦観へとすり替わっていった。
「……ああ、うん、はい。なんかあったらさっさと撤退します」
「そうしてね。救護班は腕の良い医術師だけど意地が悪いから鎮痛処理はしてくれなさそうだしね」
「クウェリスさんってそんなです?」
「認めてない相手には完全に舐めた対応するからあの人」
 協会の中でも何度かそういうところを見ている。その時この魔導師は調練場にこもっていたから知らないだろうが、とにかく偏屈者というエルシャリスにこそ、といった風だ。特に医術師に対しては手厳しかった雰囲気もあり、今回の救護班の空気ははたから見ていてもどことなくはらはらするものがある。
 そういえば救護班たちはどこにいるのだろう。不意に疑問が浮かんで、しかしサシェルの視線が相方に向いたのが見えてそちらに顔を向ける。紅もすぐに気付いたようだった。
「魔導師の立場で、これがあると助かる、とかって、何かある……?」
 フェルはそれに、まず目を瞬かせた。剣士からその問いが出てくるのは珍しい。魔法を知らなければ、多くの場合前線を張る剣士を支援するのが魔法使いの役割であると思い込んでいる場合もある。確かに支援は役割の一つではあるのだが、協会の場合は違う。学院生からのその問いには少しほっとするものを感じつつも言葉を探した。
「……そうですね、どの方向にどんな敵がどれだけいるかは、魔導師目線では把握しにくいです。騎士が多くて魔導師が少ない編成の場合、騎士五に魔導師二とかですね、そういう時には騎士がどこで何をしてるのかも把握しにくくなります。ですから、伝達、ですね。騎士の方が周りを見る余裕がありますから」
「逆に魔導師からそういうのがあるときもあるけどね。中位『異種』以上になれば、訓練した魔導師は気配でわかる。騎士の場合は訓練しても『異種』がどこに居るかもわからないけど」
「つまるところは助け合い?」
「白黒までなっちゃうと命預けてるからね」
 双方が、相互に。そしてその白黒の真似事に、学生達は挑むことになる。剣士が三人、魔法使い二人の編成はどこも変わらない。そして力の差は、連携と連帯感で容易にひっくり返る。
「まずは堅実にね。白服の失敗は黒服の失敗を生む、黒服の失敗は白服に皺寄せがくる。剣士と魔法使いも同じ、かなめになるのは剣士の方だよ、これは持論だけど」
「おかげで助かってますから。騎士のくせに魔法に詳しいところとか」
「多少はね、詳しくないと使えないし」
 え、という呟きがあった。気にせず立ち上がろうとする彼女に合わせて立ち上がる。黒い裾を少し払ってから階段に向かう間にサシェルとフィレンスの声。
「あの、今の話……」
「知りたい人には教えてあげて良いよ、知ってて損は無いはずだから」
「え、……はい……」
 それで白服も階段を上がってくる。脳裏には不思議そうに歩き回り、『禁忌破り』に取り巻きたい心地が生まれていたが、これは結界のそれだ。常時展開の魔法はその自我を己の中に保持するものが殆どで、逆に設置型になると自我は見ないも同然だ。設置型の方が数は多い、常時展開は効果が高いが持続性が無いからだ。
 思いながら、三階、四階と登っていく途中で、肩越しに振り返る。
「言ってないんですね」
「機会が無くてね。訓練中も剣士にしか構われなかったし。噂は伝わってると思うけど」
「……良いんです? やっと作った人物像なのに」
「その人物像嫌ってたの誰だっけー?」
「私が嫌ってたのはその人物像に甘えて何にも頑張らないラシエナって人がいたことに対してですからー」
 視線は前に戻す。そうしながら言えば言葉に詰まる音。脳裏の中に居る小さい子供が疑問符を浮かべるのを宥めて、とりあえずは五階に戻る。絨毯の上に倒れているセオラスはそのままにしておいて、窓の外を眺めて居るディエリスの方に声を向けた。
「ディエリスさん、どうですか?」
「クラリス、あいついつ訓練してんだろうな」
「それにくっついて遊んでるフィオナもフィオナだけどな」
「シェリンは? 出てたよね?」
「あーうん、見物してるな」
 どうして女性騎士は高階梯になればなるほど奔放なのだろう。なんと無くその風景を見るのも憚るのでそのままフィレンスの袖を掴んで暖炉の方に足を向ければ抵抗も無く付いてきた。絨毯に腰を下ろしながら上着の中から一つを取り出す。横に座らせたフィレンスの、髪紐を編み込んで飾ったそこに、黒い髪飾りを丁寧に差し、ピンで留める。金の頭は動かなかったが、疑念は伝わってきた。
「何?」
「ベラさんからのお土産です。魔力の精度保持のアミュレットですよ、あなたの魔力すぐ濁るので」
「……濁ってるの?」
「悪いことじゃないですよ、土地の精霊の力を借りてればそうなります。でもあんまりにも頼りすぎると、今度は自分の魔力が扱い難くなっていきますから、それの防止ですね。今までと少し勝手が違うと思います。ひっかかる感じがあったら私の魔力分けるので言ってください」
「……わかった、そうする」
 手を離せば、フィレンスは座ったまま二振りのうちの片方の柄に手を掛ける。ゆったりと燐光が立ち上ってすぐに溶けて消えていく。今の所は特に問題はなさそうかな、と彼女が呟くのには頷いて、そしてその肩に寄りかかった。
「……結界の子がちょっと元気すぎるので寝ます」
「……自我抱えるってどんな感じなの?」
「二重人格みたいな感じ……常に二人いるみたいな……今色んな人がたくさん来たから楽しくなってるみたいなので寝てちょっと話して来ます……」
「あ、話せるんだ」
「結界はそうですね……寝れば会えます……おやすみなさい……」
「うん、おやすみ」
 言ってからややあって、銀の頭がずるずるとずり落ちていく。それを受け止めて膝に乗せてやってから、さて、と振り返った。
「コウが怒ってたよ」
「めっちゃ踏まれました……」
 セオラスがうつぶせに倒れたまま呻いた。苦笑する。
「何したらそんなに嫌われられるの?」
「たぶん構いすぎ」
『気に食わないだけだ』
 ほとほとと音を立てて階段を登って来た鋼がセオラスの横に立って右前肢を持ち上げる。だん、と音を立てて振り落とされた前肢は絨毯を踏み、セオラスは横に転がって難を逃れたようだった。青が身体を起こして鋼を見上げる。
「今の殺しにかかってなかった? いいの? 使役者の許可得なくて良いの?」
『一度宝珠盗ろうとしていた。理由は十分だ』
「いやだってあいつ全然そういうところ警戒してな、ちょ待てフィレンス待った待った結果的に無事だから無問題!!!!」
「ごめんねー白として相方の黒に手を出す輩はたとえ黒でもなんかしとかないといけないから」
「だからって剣抜くなしかも魔法剣の方じゃねえか!!」
「ついでに言っとくと私の装備全部魔法適応させてるから『短剣』が無くても補助宝珠がある限り魔法使えるからね?」
「チートォォオオオ!!」
 意味不明な叫びを聞きながら窓に向かって走り出す黒に迫る。下で十四階梯が遊んでるんだよなあと思いながら、開け放たれたそこから飛び降りるのを追って窓の桟に手を突いて宙に身を躍らせた。




__________




back   main  next


Copyright (C) 雪見奏 All Rights Reserved.