にやりと笑んだ紫銀を見上げたまま、白服達が硬直する。それを見下ろして、フェルは唐突に口を開いた。
「……驚きました?」
 それを聞いて一拍、白服達は一斉に安堵の溜め息をついた。崩れ落ちた一人が視線を泳がせる。
「……何、だったんだ今の……」
「私、護衛師団に引き取られた時共通語話せなかったんですよ、両親が古代語で育ててくれていたので。で、共通語を教えてくれたのが、先生の他には主に紫旗……護衛師団の団長達なんですけど、団長以下護衛師団の皆さんって、口調は大体が言い捨てなんですよね。で、その影響をもろに受けた、と、そういうことです」
 つまりこの敬語は後付け。
 何とも言い難い表情で顔を見合わせる彼等をフェルは楽しげに眺める。こういうのが一番面白いと思いながら、更に言った。
「しかも周囲にいた女性っていうのが、フィレンスと、第二部隊の三席の人と、第一部隊の七席の方だけだったので、結果としてこうなるって言うのは最初からある程度は予想付いていたらしいんですよね。でも、さすがに私が言い捨て口調だと、誰だ、って訊かれるので今は敬語が標準です」
 『標準』であって『素』ではない。そう暗に言って、不意にフェルは大きく息をついた。手摺に腰を下ろして足を組み、更にその膝の上に頬杖を付く、どう贔屓目に見ても行儀の悪い格好で口を開いた。
「……まあ、さっきの話、途中から全部聞いてたんですけどね」
 それに対しては、やはり、といった反応を所属者達は示す。予想は付いているだろうと思っていたフェルもそれには反応せず、かわりに軽く首を傾げてみせた。
「意外だったでしょう?」
「……え?」
 唐突なそれに一人が小さく聞き返す。フェルは横目でフィレンスの立っていたそこに視線を向け、そして白服達を見た。
「まあ、私だったらフィレンスが弁解しようものなら即座に言い負かすつもりですが、あの人それすら満足にさせてくれませんしね。言い訳してくれた方がこちらとしてはやりやすいのに」
 溜め息混じりにいったフェルの、その言葉に白服達は半ば唖然とした表情を浮かべた。予想を裏切る真反対の言葉に、一瞬耳を疑う。この少女は、禁忌破りを擁護していたのではなかったのか。
 それを察したのか、フェルは薄く笑みを浮かべる。
「賛成派だと思いました? 私、真っ向からの反対派ですよ、あの人の禁忌破りについては。他の悪意から庇いはしますけどね、返上して来いと迫るなら私が一番です。……確かに嬉しいですけどね、私には理解できないんですよ、他人の為に自分の寿命を縮めるなんて、どうしてそんな事ができるのか」
 紫銀としてなら感謝している、それは事実だ。だが『フェル』としては、手放しに喜ぶ事も感謝する事もできなかった。一番に出て来たのは怒り。そして初めて、自分の色を恨んだ。
「私は平和主義ですから、好きな人とは同じ時間を生きていたいと思ってるんです。それをたかが一人のために犠牲になりに行って、人生のほとんどを差し出したと分かって、それで喜べる方が気違いだと思いますけどね」
《フェルー、言葉遣い言葉遣い。もうちょっと深窓の令嬢っぽくしとけ、敬語の意味ねぇぞソレ》
「……まだ丁寧に言ってるだけ許して下さいスフェリウス。フィレンスは同等だと思った、私はそうじゃないと思う、それだけです」
 フェルも、自分の立場がどのようなものなのかは分かっているつもりだ。協会に入ったのは『紫銀』という枠の外で自分を見てほしかったからだが、紫銀であるという役目を放棄したかったわけではない。
 確かに紫銀は既に信仰の対象に近い。しかし、その役目も何も分からない存在のために命を投げ出す、その気持ちは分からなかった。何故生きる事を選んでくれなかったのか、大切なものの為であろうと自分を捨てるなど。そう思う自分も、失ってしまうのに。
「……あいつは、フェルがそう考えているのは知ってるのか?」
「ええ、知ってますよ。三年前それで大喧嘩したんですから。団長に実力行使で止められてまだ決着ついてないですし、その後も事あるごとにフィレンス逃げるし……」
 三年間続く、一種の戦いだとフェルは言う。今では多少茶化して言うが、それは手法を変えたに過ぎない。
「しかも私が勝てたら返上とか無茶苦茶にも程が……まあその事は、今は横に措いといてですね」
 不機嫌も露に話題を断ち切り、フェルは息をつく。白服達に改めて視線を向けて、口を開いた。
「恐らく皆さんが一番に思ったのは、フィレンスが禁忌を破って何故罰せられなかったのかという事でしょうけど、これについてはさっきの本人が話した事で納得できると思います。既に罰は受けている、……予想よりも重い代償でしょう?」
「本人は選んだと言っていたが……」
「恐らく事実でしょうね。神々は要求しても強制しないのが基本的な姿勢ですから、こちらから提示するんですよ。その要求も禁忌の程度によって様々ですが、代償は時に人の生死よりも重いものを差し出す必要がある。それが天界としての罰ですから」
 そしてその罰には、必ず人の感情が介入する。荒れるのは差し出す方ではなく、その選択の前提となった方が大概だ。
「人間としての罰もあります。自然に生まれる弊害……他人との関係が崩れる、壊れる。あるいは得た力に堪えられずに死に至る、人格が崩壊する。悪くすれば死ぬよりもひどい、……『異種』に、成り果てるか」
「……人間が、か」
「もう半分人間じゃありませんから。それはまた本人にでも聞いて下さい。それでですね、あともう一つ皆さんが気になるだろう事は……政府の上役の対応、ですか」
 フェルが視線を向けてくるのに、白服の数人が微かに頷く。フェルはそれに頷き返して、そして小さく笑みを零した。
「簡単な話です。禁忌破りだからこそ、擁護せざるを得ないという事、それと、今上陛下が魔法を良くご存じだからです」
 そう言ったフェルの言葉に、白服達のほとんどが怪訝そうな顔をしてみせる。今ので分かった一人二人は、勘がいいのか知識があるかのどちらかだろう。フェルは残りの騎士たちに視線を向けた。
「説明は、まあ迷う所ではありますが……」
「難しいのか?」
「色々な要素が絡んでくるので、言葉を選ぶと言いますか……魔法使いなら、『あの人が騎士だから』の一言で済むんですけど。ええと、そうですね、まず前提として、魔法の力の根源は世界そのもの、っていうのは皆さん知ってますよね?」
 魔法の元となる魔力、それは十二の氣から成る。十二の氣は世界そのものを支える根本であり、故に魔法はその根源を世界そのものとしている、と言われる。
 それには白服たちは頷く。魔法に対して疎い騎士でも、その程度の事は常識の範囲内で知識として知っている事だ。フェルもそれに頷き返して、そして続けて言う。
「対して、剣の力というのは、世界が成った上で生まれた人間の造り出した、真実人間の力です。魔法は神々から与えられた知識ですが、そのおかげで様々な制約があります。その力をもって神に叛旗を翻す事はできず、その習得自体に代償が付きまとうんです。私は禁忌魔法とか使いますからね、その分結構代償も重いんですが、まあそれは横に置いといて」
 誰かが声を上げる前にそれを阻止して、フェルは中二階の手摺から腰を上げ、軽く跳躍してそのまま音も無く下、白服達のすぐ近くへと着地する。そして風をはらむ黒服の中に手を入れて、取り出したのは細身の短剣。
「私は魔法使いですから、魔法使いとしての視線からの話しかできないんですが……魔法はその根源が必ず存在するものである世界ですから、その力は『絶対的』とされてるんです。実際は相対性も含まれるんですが、それは使い手と対象の相性であって、魔法の効力自体は完全な『絶対』なんですね。対し、剣と名のつくもの……騎士の持つ長剣、大剣、そしてこのような短剣、これらは全て人間が自らの手で造り出したものです。中には魔法の一種である錬金術で生み出したものもありますが、それら魔術的要素を持つ剣も基本的には人間の造り出したものとして、『相対的』な性質を持つんです。人間は多種多様、その力を魔法のように数値で表す事はできず、相手に通用するかも分からない。使い手と対象の実力がそのまま結果につながり、時には弱いものが強いものを凌駕する」
 世界から力を得る魔法と、己から力を得る剣。前者は、その力を受け入れる器がなければ溢れて呑まれ、後者は強きを求める自分の意志の強さを試される。どちらが難しいと言うわけではない、どちらもがその習得自体に困難を極める。剣と魔法、どちらが強いかと問われて明確な答が出ないのは、その根源が、本質がもとより異なっているからに他ならない。
「そして、神を頂点とするこの世界において、最強であるはずの魔法と拮抗する人間の力の具現……騎士は人間の中で唯一、神を殺す事のできる種族なんですよ」
 最後の一言にその場の白服たちが目を見開く。フェルは手に持った短剣に視線を向け、その切っ先を上げた。
「例えば、誰かが魔法で神を殺そうとした。でもその魔法を人間たちに伝えたのは、そもそもは神ですから、それをとめる事は容易です。神の扱う魔法は人間のそれとは次元が違いますからね、太刀打ちできる人間はいません。ですが、剣ならどうか?」
 くるくると指先で短剣をもてあそびながら、フェルは白服たちの方へと歩み寄る。そして何の前触れもなく、それを一人の首筋に突き付けた。
 条件反射のように柄に手をかけたのが数人、相手がフェルだからと動けなかったのが数人。突き付けられた本人は目を見開いたまま硬直し、フェルはそのまま口を開いた。
「仮に、この状態から私がこれを突き刺せば、即死とまではいかなくとも死亡は確実です。他の人が横合いから私を斬るならともかく、剣に特化した騎士が、たかが短剣の一つ満足に扱う事のできない魔法使いに急所をとられ、動けない……これと一緒です」
 言い終えると同時に短剣を引き、細く鋭いそれを鞘へと納めて黒い服の中へと元あったように戻す。白服たちが安堵したように息をついたのを見て、フェルは苦笑した。しながら、言葉はとめることなく続けていく。
「神々も剣を扱います。ですがそれは人間が天界に持ち込んだもので、下界に降りる役目を持つ神が人間に殺される事のないようにとの対応だそうです。結局それは人間の力であり、いくら神々がそれを修得し熟練しても、人間には勝てない……だから禁忌なんですよ、剣と魔法を同時に得る、力を求めるのであれば必ず辿り着く結論が」
 魔法ならば抑える事はできる、だが騎士にそれを与えてしまえば、どうなるか。
 神々は恐れている。神を殺す事のできる人間を。だからこそ地上に与えた魔法の力においては神が頂点であり続けるように調整を続けてきた。だがその調整の効かない剣の力こそが神に脅威をもたらす――だからせめてもの危険を減らすために、その二つの力を分断した。分断しようとして、できなかったのだ。
「だから、騎士は魔法を使えない。使わないのではなく、称号という名の呪詛で強制的に魔力回路を封じられる。……禁忌破りで大成したのは史実の上では二人。どちらもキレナシシャスの人間ではありません、剣の大国の騎士です。キレナシシャスでも名の知れた禁忌破りは数人いますが、それらはどれも教訓として名が残っただけ……禁忌破りの危険性を知らしめる目的でしたが、いつの間にか、『魔法の力を得る事に対する迫害』が騎士の誇りと癒着して、禁忌破りが異端とみなされるようになった。禁忌を定めた神々には自衛の目的だったものが、地上では今の有様です。……しかし何故禁忌の一番最後には、『これを破らんとするを禁忌と定める』と書かれているのか?」
 禁忌の七には、わざわざその一文が書かれている。禁じる文言がある以上それだけでもいいのに、そのうえ破ろうとする事が禁忌であると、そう書いているのだ。
「人間の考えでは解釈できません、神様達が書いた言葉ですから。つまり大概の人間にはその壁を越えられない、越えてもらっては困る、だから越えようとする事を禁忌とした。ただ神々にとって、禁忌を破ってもらわないと困る人間がたまにいる。陛下もそれを良く知っていらっしゃるからこそ、何もなさらない」
「……どんな場合だ?」
「剣の力だけでは危険すぎる、魔法の力を与える事で制約を増やして少しでもそれを制御できるようにしたい……そういう場合だよ」
 いきなり割って入った声に、フェルはすぐ後ろを見る。白服達もその声が聞こえて来た方へと視線を向けて、向けられた方は肩をすくめた。
「実際そうやって禁忌を持ちかけられる騎士は多い。私も今までで三人見て来た、でも実際受け入れる騎士は少ない。瞬間的に見れば確実に力は衰えるし、それこそ誇りの問題でもある。……禁忌は確実に擁護される。されるのは、神に触れる事ができるから。いわゆる紫銀と似たようなもの、という判断になるらしい。……まあ私はそんなのどうでもいいだけどね。神様達殺して私に良い事は何も無いし」
 その口調に今までのような堅さが無い。フェルはあえてそれには何も言わずに、腕を組んで彼女に向けた眼を睨めつけるように細めた。
「そういう問題でしょうかねーぇ……私としてはどっちにしろ即刻返上して来て欲しいところですが」
「それは無理。本当に禁忌になるし、約束でしょ。フェルが私に勝ったら、っていう」
「……あなたそういう無理難題吹っかけるの大好きですよね。後十年と半年で師団一の天才に追い付けって言うんですか」
「遠回しに諦めろって言ってるつもりなんだけどなー……」
「言われてますけど……ってゆうかあなた私とちゃんとやってくれないじゃないですか」
「やる必要ないから。……大公閣下に宰相様から」
 言いながらフィレンスがフェルに歩み寄り一通の封書を手渡す。フェルが苦い顔をしながらそれを開き、そうしながら横目で彼女を見てフェルは口を開いた。
「吹っ切れました?」
「吹っ切れました。いい加減猫被るのにも飽きて来たし」
 言うフィレンスの、しかしその手が握りしめられているのを見て、フェルはそれとなく手を伸ばす。封書に眼を通しながら手を繋いで、フィレンスは表情には出さずにその手を握り返した。そして白服達を見る。
「禁忌破りができる人間は限られてる。その中でも、神を殺せる条件を揃えてる騎士が正式な手順を踏んで、それで禁忌を破る事ができる、っていう仕組みになってる。条件って言うのは、絶対に達成したい目的のためなら真実手段を選ばない意志の強さ、……っていってたけど、私そこまで頑固かなぁ……」
 最後は視線を彷徨わせながら言う。フェルが手紙から眼を上げた。
「でもやりかねませんよね、フィレンス。頑固とは違いますけど……」
「え、そう?」
「自覚ないだけだと思いますけど。だって、私を生かすためにこの場の全員殺さなくちゃいけないってなったら自分含めて全員殺しますよねフィレンス?」
 言われたフィレンスがその場を見渡す。少し考えるように視線を上へと投げて、そして急に遠い目をしてみせた。
「ああ……なるほどね……」
 その一言にずっと無言だった白服達もそろって遠い眼をする。フェルの言葉は誇張でも、信頼は揺るぎないものなのだろう。
 不意に一人が立ち上がる。
「……と、そろそろ行くか……」
 集まる視線から逃れるように彼は呟く。フェルが眼を瞬いて首を傾げた。
「任務、ですか?」
「ああ。長官に、話聞いて気が済んだら顔出せって言われててな、時間かかりそうな仕事だし、片つけてくる」
「そっか。他の人は平気? まだ気になる事があるなら、できる限り答えるけど」
 フィレンスの呼びかけに、思い出したように数人が声を上げる。椅子から腰を上げた白服達が特に何を問いかけるでもなく気まずそうに顔を見合わせるのを見て、フィレンスは苦笑した。フェルが封書を畳みながら首を傾げた。
「フィレンスは休みなんですよね」
「そ。怪我が治ってちゃんと動かせるようになってから。早ければ明日か明後日か……今でも動かせないわけじゃ無いんだけどね」
 そう言いながら動かしてみせようとするフィレンスを止めながら、フェルも白服達を見る。特に誰も何も言わないのを見て、くすりと笑った。
「誰も、長官は剣と魔法両方使ってるけどあれはどうなんだ、とは訊かないんですね」
「…………あ」
「任務頑張って下さいねー」
 言いながらフェルが白服達を追い出しにかかる。フィレンスはそれを無言で眺め、最後の一人が廊下に出て、フェルが扉を閉めるのを見やる。
 数秒して、そして彼女は思いきり息をついて、倒れ込むようにしてソファに沈む。それを見たフェルがにやにやと笑いながら口を開いた。
「格好つけしいー」
「うるさい。猫剥がすのに演技が必要だなんて詐欺だ」
「今までのツケじゃないですかね」
 フェルは言いながらそのフィレンスの横に座り、肩に軽く頭を乗せる。フィレンスは少し身じろぎしただけで振り払おうとはせず、フェルはそのまま眼を閉じた。
「……私も色々代償支払ってますけどね」
「買い物の代金みたいに軽く言う……ただでさえフェルが魔法習いはじめた時、大騒ぎだったのに」
「仕方ないじゃないですか。剣の才能なかったんですから」
「無かったわけじゃないでしょ?」
 フィレンスが動く。頭の据わりが悪くなったのを直し、フェルは息をついた。
 キレナシシャスに保護されてから暫く経って、共通語にようやく不便しなくなって来た時期に、護身のために剣を手にしていた事がフェルにもあった。騎士たちに紛れて長剣を持ち、確かにそれで戦った事はあったが、しかしそれ以前に周囲の環境が良すぎたのだ。
「周りが最低でも十一階梯で、それで五階梯の騎士に勝てても嬉しくないですよ」
 周りにいたのは紫旗師団の、正真正銘天才と呼ばれる騎士達だった。良い師には恵まれた、しかしそれを自身に還元する力が、フェルには無かった。ただそれだけの事。
 だがそれでも、フィレンスは悪くはないと言う。
「普通そんなもんだって、階梯持ってるだけでも位階だけの騎士よりかは相当強いんだよ? 師団はある意味特別だから」
「……『どんな石でも磨けば光る。だが道端の小石は金剛石にはなり得ない』……天賦の才ってあると思いますよ、こと剣においては」
「魔法こそそうだと思うけどね」
「魔法は知識ですから。……まあ、人並みの剣で十分ですよ、私は。フィレンス達と比べさえしなければ、ですけど」
 言いながら眼を開けて、フェルは再び息をつく。だからきっと、ずっと魔法を追いかけることになるだろう。禁忌の返上を迫る為にも。すぐ横の、その彼女が苦笑するのが気配で分かった。
「光る石をたくさん集めたら? 塵も積もれば、って言うけど」
「本質が違うものを並べ立てても結果は見えてますよ。私は剣の天才ではありません。その分魔法に特化してるんです。それで騒がれても、私は魔法使いですから」
 その言葉にフィレンスは息をつき、立ち上がる。背を見せたまま、口を開いた。
「なら、私は禁忌を返上なんて絶対にできないね」
「何でですか」
 フェルは眉根を寄せる。フィレンスは手を組み伸びをしながら、それに答えた。
「魔法使いの欠点を補えるのは、魔法を良く知ってる騎士だけでしょ?」
 その返答に、問いを発した本人が眼を瞬かせた。一瞬後に笑みを浮かべて、背凭れに完全に背を預けてフェルは深く息を吐き出した。
「私、よく思うんですけど」
「ん?」
「フィレンスがもし男だったら、私完全に惚れてますよ」
 それにフィレンスは声を上げて笑った。否定もせず、そしてフィレンスはフェルを見やる。
「さて、何か疲れたし、寝とく。今何時頃か分かる?」
「朝の七時か、八時か……それくらいですね」
「じゃあ、昼頃起こしてくれる? ちょっと長官に言いたい事あるし」
「また喧嘩売ったりしないで下さいよ?」
「今回のは長官は押し売りして来たの。……買ったのは認めるけどさ」
 フェルはやれやれと思いながら立ち上がる。フィレンスはそのまま中二階へと上がっていき、それを見送ってからフェルは廊下に出た。




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