何だか妙に現実味のある夢だな、と、フェルは思った。
 思って、首を傾げる。自分はフィレンスの部屋から戻って、そのまま寝台に入ったはずだから、これは夢なのだろうが。
 夢の中でそれが夢だと分かるような経験は、今まで何度かあったものの、それらとはまた違った現実味だと胸の中で呟く。
「……普通すぐ起きるんですけどね……」
 呟いて、その自分の声が明瞭に聞こえる事にも多少驚きながらもフェルは歩き出す。辺り一面が霧に覆われた、少しくたびれたような草原だ。この風景も見た事の無いものだが、それは夢だからだろう。――夢と断言して良いかは、多少迷う所ではあるが。
 周りの風景を確かめるようにフェルは進み、そのうちに次第に足下の草の背丈が高くなってくる。風にざわざわと波を立てるそれが膝を覆うようになった頃、フェルはふとその草の中に紛れて動いているものを見つけた。
 足を止めてよく見てみれば、それが深い紅色のフードをかぶった小さな影だと分かった。白い霧と茶けた緑の草原の中では目立つはずのその色は、しかしどこかこの風景の中に紛れてしまいそうに見える。
 フェルが声を上げるでもなくその人影を見ていると、唐突にその動きが止まる。振り返ったその人影は、軽く首を傾げると口を開いた。
「こんにちは、フェル」
「……こんにちは」
 突然のそれに反応が遅れる。眼を瞬かせたフェルがそれしか返せずにいると、少女の声をしたその人影はフードを押さえながらこちらに近付いて来る。
「君にとっては、はじめまして、かな。私にとってはもう何回目か、結構な回数会ってるんだけどね」
「え?」
「だから、改めてはじめまして。本当はこっちから出向くつもりだったんだけど、色々あってそれができなくなっちゃって。無理に呼んだんだ、ごめんね」
「……あの、もう少し分かりやすく……」
「え、と、そうだね。現実世界では今君、昏倒中だよ、って話。まあ自然に眠りにつくの待ってたから、呼びかけても叩いても起きないくらいだけど」
 軽いその言葉にフェルは沈黙した。少し考えて、そして眉根を寄せる。
「……貴女、誰ですか? どうして私の夢に干渉を?」
「まず、私の正体は今の君には全くもって関連性を持たない、よって私が何者であるかは君に利も害も齎す事はない。次に、『君のこれから』の事を知っているのは私だけだから、こうやって君に知らせに来た。理解できる?」
「利も害もないなら名乗る事に不都合は無いでしょう」
「名乗らない事に不都合も無い、ね。私はまだ君にとっては『謎な人』でいたいからね。……私は私の目的を知り、君は君のこれからの事を知る。等価を理を持って取り引きする、魔法の原理でしょ? 理不尽を感じるのなら、それは人間としての心。魔法はそんなものの干渉は許しはしない」
「私の名を貴女が知る、それは?」
「本当の名前かも分からないものに自分の魂を賭ける気なんて私にはさらさら無いねぇ」
 フェルは息をついた。今のやり取りで分かったのはこの少女が味方ではないという事だけだ。言葉に仕掛けた軽い罠にも、当然のようにかからない。――その上、こちらに記憶が無い事を知っている。それを隠しもしないという事すら、彼女がこの状況において遥かに優位である事を明らかにしていた。
「それとも無理矢理にでも聞き出す? 私はそれでも良いから、やりたいなら付き合うけど?」
「それこそ、利も害もないものに自分の精神を犠牲にしたくないですよ。ここで大暴れしたら、さすがにどうなるのか分かりませんからね」
 この場所がこの少女の作り出した精神空間だとすれば、招待された側であるフェルが自由にできる事などたかが知れている。ここはこの少女の領域、だとすれば身の安全は保障されない。そもそも魔法も、行使自体ができるのか。
 フェルがそう言ったのを聞いて、少女はくすりと笑ってみせた。霧の奥、フードの奥に見えた口元は面白そうに笑っている。目元は隠され、髪は纏められているのか、一筋も見えない。
「そう、君にとって価値があるのは、私ではなく私が持っている知識と情報。良い判断だよ、それでも……冷静だね」
「じゃないと魔法使いなんてやってられませんからね」
「それ以上って言ってるの。危機感よりも平静を感じるようなら、気をつけた方が良い。この先面倒に追い込まれた時、もっと苦労する羽目になるだろうから」
「……まるで何かの予言ですね」
「予言、ねぇ……まあ、実質そんなもんなんだけど。ま、信じる信じないは君に任せるよ、君の思考まで操るつもりは無いからね」
「……『まで』?」
「言葉の綾だよ」
 言いながら少女は背を見せ、歩き出す。今までの会話を断ち切るように、彼女は口を開いた。
「ついて来て。本当の事言うと、時間もそうそう残されてないから」
「……早く解放して欲しいのが本心ですが……」
 呟いて、しかしフェルは大人しく少女の後を追う。周りを見渡してみるが、しかしそこにあるのは草原と霧だけで、景色が変化を見せる事は無い。その中で少女の声が響いた。
「できればそうしてあげたいけどね、できないからの今この状態。できるだけ早くするつもりではあるけど」
「……何をです?」
「見れば分かるよ」
 露を被る草を脚で掻き分けて進む、そうしているうちに更に霧が濃くなっていく。周囲に鬱蒼と葉の繁る灌木の影が見え、森が見えた頃になってようやく少女が足を止める。フェルはその少し後ろで立ち止まり、それを見た少女は小さく笑った。
「そんなに警戒しなさんな。ほら、あれ」
 言って彼女が指し示したのは森の切れ目。そこだけ樹が避けたように開けた場所に近付いて、少女の指し示す場所を見る。そして、フェルは眼を見開いた。
 見下ろした先にあったのは、白い霧に囲まれた、小さな村。谷の底の大きな泉を中心に広がる、独特なつくりをした家屋たちが、異様なまでに美しく整然と並んだ風景。
「はい、ストップ」
 少女の声とともに腕を掴まれる。それで初めて、フェルは自分が足を踏み出していた事に気付いた。少女が溜め息を吐き出す、僅かな焦燥。
「ここまで進行してるとはね……遅かったか」
「……ここ、どこですか」
 少女の呟きがまるで耳に入らなかったのか、フェルはその村を見つめたまま問う。答えが無いのを不審に思って振り返ると、視線を向けられた少女は首を振った。
「そこまでは教えられない。私も、こんな早い段階から『漆黒』に追い回される気はないからね」
「……え?」
「フェル、悪魔族の一人に忠告を受けたね? それと一緒に覚えておいて、絶対に、ここに来ちゃいけない」
 少女がそう言うのを聞いて、フェルは再び村に視線を向ける。それを見た少女はまた口を開いた。
「行きたいでしょ、すごく。同時に絶対に行きたくないと思ってる。違う?」
「……分かりません……でも……」
「目が覚めれば分かる、これは夢だからね。感覚も鈍くなってるだろうし……、」
 言いかけた彼女が不意に視線を滑らせる。何かと思って彼女を見れば、小さな舌打ち。
「ち、気付かれた……詠のか、厄介な奴……」
「…………?」
「……ん、ああ、こっちの話。とにかく、一つ言っておく。行きたいと思っちゃいけない。それは君の感情じゃない」
 それに、三度谷を見下ろす。同時に形容し難いものが胸の奥に起こる。少女の声は変わらず響いた。
「もう一つ、これはオーレンの繰り返しになるけどね。他の紫銀とは会っちゃいけない」
「……それは、どうして」
「君の認識と、他の連中の認識が違い過ぎるんだよ。君にとっては同族でも、二人にとっては違う。現に一人は君を殺そうとしてるんだ、何度もね。それに君が気付いていないだけ。もう一人は、きっと君の前には現れない。絶対に、何があろうと、仮に君が彼を見つけても、彼は否定するだろうから」
「それは、」
「君の知らない、私の知る事実。……ねえ、フェル、君は事実を知りたいの? それとも過去を知りたいの?」
 その問いの意味を取りかねて、フェルは再び少女に視線を向ける。彼女はフードの奥からフェルを見上げて、そして口を開いた。
「過去が事実とは限らない、それは周知だよね。事実君は今『フェルリナード』だけど、それが過去になりうるのかと言ったら、私は否としか言い様が無い。君は魔法使いだけど、それは本当にそうだと言い切れる? フィレンスやクロウィル、ヴァルディア、龍神達……彼等が本当に、無条件に君の仲間だと、君自身は言い切れるの?」
「……何を言っているのか、分かりません」
 フェルはただぽつりと、それだけを呟く。冷たい声音になったのは、拒否したかったからか。
 そしてその拒絶の言葉に、少女はただ俯いた。
「……だろうね」
 言って、少女はようやく腕を掴んだ手を離す。俯いたまま、そして口を開いた。
「……Fif, rifft rihk, as reans cevan lendia.」
「え?」
「『フェルリナード』は、古くは祈りの言葉。それ以前はフィエル・リナーディア、祭祀を司る者に対する呼び名。その祭祀が司る『祀り』は、紫銀の命をもって世界を購う贖罪」
 唐突に少女は言う。言いながら彼女は数歩後退り、その足元に燐光が迸った。
「それは、他には決して知られる事の無い過去……今は、これだけしか言えない。覚えていなくても良い。もしに道に迷う時が来たら、思い出して。それでもまだ逆らいたいのなら……」
 燐光が紋様を作り出す。霧が白さを帯びる、まるでそれ自体が光を放っているようだと思った瞬間、その霧が風に吹かれて晴れていく。少女がフードの奥で顔を歪めるのが、なぜかわかった。
「私を納得させてね、フェルリナード=アイクス。私は君の敵でも味方でもない、ただ調停をするだけだから、君が仲間だと信じてる人達みたいに無条件で君を助ける事はできない。それでも……死なないでね、フェル」
 最後の一言と同時に見えたのは、荒野だった。



 眼を開けて、一番に見えたのはぼやけた景色だった。
 ぼんやりとした意識の中で、夢の事を思い出す。現実との間がやけにはっきりと線引きされて、逆に困惑した頭のまま、眼を閉じて小さく身震いした。
 寒い。すぐ近くにあった暖かいものに身を寄せると、そのじんわりとした感覚にようやく落ちついて、気付かないままでもすぐ近くにあったのだろう睡魔が襲いかかって来た。そのまま、しかし眠りに落ちるわけでもなくうとうととしていると、その暖かいものに引き寄せられる。それが一層暖かくて安堵して、同時にふと疑問がよぎった。
 再び重い瞼を持ち上げる。見えた景色はやはりぼやけていたが、その色は藍色。ゆっくりと視線を動かして見えたのは青。フェルはその意味を取りかねて数度瞬き――そして飛び起きた。
 が、完全に起き上がる前に背中に回された腕がフェルが逃げるのを阻止し、宙に浮いた上体が寝台の中に逆戻りする。完全に抱きかかえられた状態だと気付くよりも早く更に抱き込まれた。
「え、な、なんっ!?」
 唐突な事にまともな反応ができるわけもなく、その腕を撥ね除ける事すらできずにフェルは意味の無い声を上げた。耳元で聞こえるのは喉の奥で笑う低い笑い声。
「おはよう、フェル」
 そして疑念が確信へと変貌する。フェルは反射的に叫んだ。
「は、放して下さいッ、クロウィル!」
「嫌だ」
「何で!」
「放したら逃げるだろ? ……て、この問答も何回したんだか」
「あなたがこういう事する度にです!」
 ――ああもうどうして真面目に答えてしまうのか。フェルは腕をばたつかせるにも既に押さえ込まれていると言う事にようやく気付いて、やはり声を上げるしかなかった。
「放して下さいってば!」
「嫌だって言ってるだろ? そうだな……寒いからって事で」
「燃やしますよ」
「うっわ、魔法使いが言うと恐いな」
 フェルの懸命の脅しも軽く受け流すにとどめて、クロウィルはフェルの身体に回した腕を解こうとはしない。彼は楽しげな様子のまま、乱れた銀色の髪を指先で梳いた。
「それに、休んどいた方が良いだろ、まだ。魔法使いの事はほとんど分からないけど、かなり無理してるみたいだしな」
「今現在とてもじゃないですけど精神的負担が大きいんですが」
「大丈夫になったら相当楽になるぞ」
「なりたくないですよ!」
 言うが、フェルは視線を上げられなかった。顔が赤いのを隠したい気持ちもあるが、それ以上に、声がすぐ近くから聞こえているこの状態だけで何だかいっぱいいっぱいなのに、眼を見たら負けるという直感がある。何にとは言わないが、平静を装うにも限界があるのだ。クロウィルは分かっているのかいないのか、わざわざ耳元に口を寄せる。
「なってみれば分かるけどな」
「あなたみたいな常春と一緒にしないで下さい」
「だから、常春じゃないって何度」
「どこがですか」
「女性と付き合った事なんて無いぞ?」
「ああそうでしたね。あなたはそういう縁談とか申し出とか片っ端から振りまくってる側ですもんね」
 クロウィルが言葉に詰まる。はあと溜め息をついて、彼は呟いた。
「正当な理由があってだな……」
「その理由が聞きたいですね」
「言わない。……分からないのか?」
 フェルは眼を瞬いた。色々と事例はあるが、どれもその理由となりそうなものではない。確かに、公の場では女性に囲まれている彼も浮ついた噂とは全く縁がないようだった。もてはするんだけどねぇ、とはフィレンスの談だが、妙ににやにやしていたのが気にかかる。
 最初は想い人がいるのかと思っていたが、だったら自分に対してこんな事はしないだろうと、そこまでを考えて、やおらフェルは眉根を寄せた。
「……一体どこから察しろと……」
 クロウィルが深く息を吐いた。
「……分かってた事だけどな……こう、なんというか……」
「?」
 単に分かっていないだけなのか、意識していないが故なのか、気付いてはいるが理解できていないのか。あるいは、眼中に無いのか。
「かなしいぞ、俺は……」
「……はい?」
 フェルが、意味が分からない、と聞き返したのには返答は返さず、かわりとばかりに彼は強くフェルを抱きしめる。腕の中のフェルが硬直するのが分かって、そして小さく笑った。小さな安堵が広がるが、そこに重なる声。
「っ、笑い事じゃないです! 放して下さい!」
「俺にとっては笑い事。それに、俺は放してくれって言われて素直にそうするほど良い奴じゃない」
「ええ期待してませんけどね! 本当に燃やしますよ!?」
「今やったらもれなくフェルも巻き添えだな。自分の魔法に巻き込まれるのって魔法使いにとっての屈辱だろ?」
「――ッ!!」
 なんでこう、魔法使いについての知識の中でも微妙な所を的確に突いてくるんだろうかこの男は。誰のせいかと訊けば十中八九自分のせいだと言われるので口に出せないフェルだった。かわりに少し考える。
「……クロウィル、仕事中じゃないんですか」
「何度言えば分かるかなーこれが仕事だって」
「誤解を招くような発言は控えてくれませんかねクロウィル・ラウラス。護衛はこんな事しませんって、それこそ何度言えば分かるんですか」
「分かりたくないから聞かなかった事にしよう」
 飄々と返されてフェルは深く溜め息をついた。何だか妙に疲れた気がするのはきっと気のせいではないだろう。言い返しても抵抗しても無意味だと分かったので、眼を会わせないようにとだけ気を付けて身体から力を抜いた。
「……フェル?」
「……クロウィル、そろそろ最終手段使いますけど、いいですか?」
「最終手段?」
「フィレンス呼びます」
 瞬間、クロウィルが無言のまま寝台から降りた。
 その身の返しの素早さに、フェルは横になったまま眼を細める。
「……クロウィル副隊長、それで良いんですか」
「……いや、あんまりってか……全っ然、良くないんだけどな、命には代えられない……」
 こういった状況で、クロウィルにとって最大の敵となりうるのはフィレンスだけだ。イースや他の護衛では力不足だが、フィレンスは自他共に認めるフェルの『保護者』であり、その彼女にとって先ほどまでのクロウィルのような行動に走る輩は全て排除すべき対象になる――らしい。
 フェルにとっては最強の楯、クロウィルにとっては最凶の矛である。そしてそれを分かりきっているにもかかわらず、その直前になるまで己を顧みないクロウィルは単純に馬鹿だった。その上自分の望みと危機には異様に鋭かった。
「いやな、フェルが訓練中の時から、三回くらいあいつに追いかけ回されててな、ちょっと恐怖が身に染みて……」
「その反省を以後に生かしたらどうですか」
 何も分かっていないからこそ言える言葉だった。クロウィルはフェルに背を向け、本棚に手をついて項垂れる。胸中に渦巻く百万語を溜め息として吐き出して、しかしそれでも足りずにぼそりと呟いた。
「誰かどんなに小さくてもいいから俺に勇気と機会と法の保護をくれ……」
「……どうしました?」
「いや、ちょっと嫌なこと思い出しただけだ。……ああ、そうそう、そのフィレンスは、休んでるのか?」
「ええ。……だからって近付いてきたら今度こそ燃やしますからね? それとも氷付けの方がいいですか?」
「両方遠慮する」
 フェルが袖の中の腕輪を見せながら言うと、クロウィルは降参、と言わんばかりに両手を挙げて答える。それを見てフェルは体を起こした。髪を適当に整えて、そしてはたと思い出す。
 ――夢。
「……クロウィル、ちょっとそこの、物凄く分厚い本、取ってもらえます?」
 言うと、クロウィルはフェルの指差したそれを見て、小さくうわ、と呟いた。
「……何だこれ」
「辞書です。古代語の」
 クロウィルは一瞬だけ遠い眼をして、それを本棚から引き抜く。腕にかかる重みは少なくとも一冊の本のそれではなかった。
 フェルは差し出されたそれを受け取り、ぱらぱらとめくる。目的の語を見つけて手をとめたが、しかしすぐに眉根を寄せた。
「……やっぱり間違ってる……」
 Fif, rifft rihk, as reans cevan lendia.
 夢の中の言葉。聞いた時には意味を取り損ねた。改めて考えても、これは意味のなさない文だとしか分からない。どの文型にも当てはまらないからだ。散文形式の古代語表記がないわけではないが、口語で使うのは限られた場合だけ。詠唱分の一部だとしても、術識語の含まれない文は成り立たないはずだし、あれは魔法ではなかった。
「……どうした?」
 クロウィルの問いかける声に、ふ、と我に返る。いつの間にか思念の海に沈んでいたのかと思い、フェルは頭の中を整理しながら口を開いた。
「……最近、夢見が不可解で……さっきの夢の中で言われたことが、古代語なんですけど、文法にあてはまらないんですよ。それが気になって」
 クロウィルはそれを聞いて口元に手を当てる。魔法使いが見る夢の中には過去夢や予知夢もある。それが変だと思った時には放っておかない方が良いと言うのは、紫旗師団の団長がいつもいっていることで。
「……団長に伝えるか?」
「できれば今すぐ答えの出せる人がいいです、なんだか急いだ方がいい気がして」
 団長はなかなか本部から離れられない、フェルも協会から動くなと言われている。ほかに古代語の分かる人物を脳裏に思い描いて、そしてフェルはあ、と声を上げた。
「長官」
「……お前、長官の事、少しは敬ったらどうなんだ、都合良く使ってるようにしか見えないぞ?」
「十分敬ってますよ、でなければ頼ることなんてしませんし」
 言いながらすぐ近くの椅子に投げてあった黒服の上衣に手を伸ばす。そのフェルを見て、クロウィルは溜め息をついた。




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