湿った地面を踏みしめ、森の更に奥へと進む。ふと思い当たって、振り向く事なく背後のフィレンスに問い掛けた。
「こういう面倒な事態に陥った時、フィレンスどうしてました?」
「特に考えずに突っ走ってまずい事やらかしたら後で謝ってた。事後承諾?」
 足を止めて振り返る。何でもないような顔をしているフィレンスに、さすがに問いかけた。
「……それって駄目なパターンじゃ?」
「しーらない」
 ふい、と逸らされた視線にフェルは遠い眼をする。森の中を歩き目的の場所を目指しながら、二人はそうして無駄話を繰り広げていた。
「だっていつも一人だったし、迷惑かける相手もいなかったし、いたとしても長官だけだから別に良くない? 長官は所属者全員に迷惑振りまいてさながら疫病神なんだから」
「駄目ですよそんな事言ったら。疫病神が泣いちゃいます」
「はは、かもね」
 当人がいる場では絶対に言えない台詞である。自覚して言っているのだから尚たちが悪い。
 言いながらも二人は森の奥へと進み、進みながらも会話は途切れる事はない。倒木を乗り越えて、フィレンスは息をついた。
「さて、と……結構奥まで来たけど、まだかな?」
「もう少し……だと思いますよ、結構大きい森ですが。というか地図見ただけでもファスティアの村が十個は入りますよこの森。それが普通なんですか?」
「まあ、森だしね。でも大概そんなもんだよ、村同士があまり近いと『異種』の襲撃も頻繁になるし、それを避けるために間を空けておくと草原か森になるのが常だから」
 森を開拓して村を作ることはよくあるが、それは万全を期して行われる。『異種』への警戒、仮に出現した場合の対処なども考え、更に留意すべきは他の村、町街との距離だ。遠ければ交流や流通が難しくなるが、近ければ『異種』の襲撃が多くなる。異形は人の多い場を好んで襲うからだ。
 結果として、村や町は森に囲まれたり草原のただ中にあったりと言うことが多く、街道も危険度の少ない地域を経由するため大回り遠回りになることも少なくないが、それは不可抗力だ。常日頃の生活に危険が及ばないことが一番、多少の不便は強かさで乗り越える。
「キレナシシャスの国民って強いと思います、なんだかんだ自分達でやりくりしちゃうんですもん」
 フェルは言いながら苦笑を浮かべ、フィレンスも小さく笑う。物語のような勇者は、おそらくこの国では生きて行けない。魔物退治で感謝されるのは護衛師団の警邏隊と白服黒服くらいだ。
 考えながら歩いていくと、唐突に高い音が聞こえ後ろのフィレンスが立ち止まる。何かと思って振り返ると、彼女は樹々の合間から覗く空を見上げ僅かに眉根を寄せた。
「……どうしました?」
「いや、……団の合図……?」
 自信なさげに言って、フィレンスはすぐ近くの樹の枝に手を掛け軽業のように登っていく。木の葉を掻き分け空を見上げると、水色の布を脚に括った鷹が大きな円を描いて舞っていた。
「水色……警邏隊か」
「第八が、どうしてフィレンスに?」
「分からない。けど、何かありそうだね」
 下から聞こえたフェルの疑問にはそう答え、フィレンスは唇に指を当てる。高く鳴った指笛に鷹はすい、と降下すると、フィレンスの掲げた腕に降り立った。
 手早く脚に括り付けられた羊皮紙を外し、鷹を空に放つ。その行く先を眼で追えば森から離れた雪の上。それを確認してから地上に降り、羊皮紙を広げる。
『面倒事発生。そっちに向かうから任務は早めに終わらせてくれ。 第八、リフィティア』
「……相変わらず端的な文面ですね、ユールさん……」
「ね。……面倒事って、あいつが言うんだったらどんな面倒事なんだか」
 任務もそうそうすぐに終わるものでもないのに、とフィレンスは呟き、羊皮紙を白い服の中に仕舞い込む。そうしてフェルを見やった。
「単刀直入に、今ここから相手を寄せる事は?」
「不可能ではありませんが確率論になります」
 フィレンスの問いにはそう即答を返して、フェルは周囲に視線を巡らせる。脳裏に地形図を描き出して自分達の居場所がどこに位置するのかを計算しながら、言葉をとぎらせる事無く言った。
「今目標としている泉自体は後もう少しで着きます、ですが討伐対象が水氣を好みますから水辺を離れるかどうかが不確定ですね。もし『異種』にとって水氣よりも魅力的な邪氣を蔓延させれば話は別ですが、そうすると私が邪氣の不足で暴発を起こしかねないです」
「……冬の優位属性は何?」
「キレナシシャスでは、氷、水、火、光。それ以外はとんとんですね。最強四属性はいつの季節もそれほど強くは表面に現れませんし、キレナシシャスの冬の光は特別なんです、鏡の光と言われるんですが」
「鏡……虚像か」
 フィレンスのその言葉にフェルは頷く。光り輝いている、そう見えるだけの、薄められ膨大に見せかけただけの光。春の光とは違い異形の活性化を抑えるような力は宿っていない。それを利用する事もできないとなると、こちらの手札も限られてくる。
「成功率が三割って所でしょうね。普通に探した方が建設的だと思います、やれと言われればできない事ではありませんが」
 言いながらフェルはその泉の方向を指し示してみせる。それを見て、フィレンスは眉根を寄せた。
「……あれ、結局できるの?」
「その後確実に使い物にならないどころか足手纏いと化しますがそれで良いのであれば。邪氣の不足による暴発って一番回復遅いんですよ、人体の構築に逆らう現象を起こさないと回復できないので」
 言った途端、溜め息をついたフィレンスが先を促すように片手を振る。フェルは素直に足を踏み出し、そうしながら手に杖を喚んだ。こちらの気配を察知して相手から襲いかかって来ないとも限らない、用心に越した事は無い。魔法はその発動までに時間を要するから、尚更。
「大体、純粋な邪氣を使って『異種』を呼び出した時、一番危険なのは私達ですからね。敵がわんさか集まってくるっていうのもありますけど、それ以上に私達にとって邪氣は毒ですし」
 敵を選択して呼び寄せる事はできない。効果が及ぶ範囲内全ての『異種』が集まってくるのだ、そうそう簡単に使えるような代物ではないし、文字通り命の危険もある。それを聞いてフィレンスは視線を横に投げ、口を開いた。
「うーん……見えないものに殺されるってのは遠慮願いたいなぁ……」
「安心して下さい、人を殺せるくらい濃度の濃い邪氣だったら誰でも見えますから」
 はたしてそれは安心していいのか悪いのか。思ったが、聞いても何の得も無いだろうと思ってフィレンスは話題を逸らす。
「惜しむらくは、こっちが向こうの気配を察知できない事くらいか……」
「それは仕方の無い事ですよ、『異種』の成り立ちからしてそうですから」
 『異種』は魔法が存在する限り存在し続ける、そう言われる。何故かと問えば、『異種』そのものが魔法になり損なった魔法だからだとしか言い様が無い。そして虚とされる魔法が正体なら、そう簡単に『異種』の気配を辿る事ができないのも道理だ。独特な氣の流れはあるが、魔法と自信がふれあう事がさほどない騎士には分かりづらい。
 そもそも魔法の構築には様々な制限がある。その制限を超えてしまった場合、あるいは術者の力不足により魔法を使役しきれなかった場合__魔法に宿る微細な自我が増幅し、その姿を異形に変じて襲いかかってくる。もともと万物を構築し世界そのものを構築する十二の氣、それを司る龍神や精霊にすら自我があり氣にもそれは存在する。となればそれを利用した魔法にも自我が宿るのは当然の事だ。
「結果、魔法の失敗が無くならない限り、あるいはこの世界が滅亡しない限り『異種』も消滅しないって言う、とっても嫌な悪循環ですが」
「まあ、そのおかげで生きてる人もいるけどね」
 白服はその筆頭と言える。フィレンスの皮肉とも取れるその言葉に、フェルは振り返るとにやりと笑った。
「貴女の場合、剣で生きてるようなものですけどねー」
 それこそ、異形がいようといまいとも。言われたフィレンスは僅かに眉根を寄せて、息をついてフェルを見た。
「……悪かったね。それ言うならフェルだって魔法で生きてるくせに」
「だから互いに言えるんですよ」
 言いながら周囲を見渡す。不意に何かが視界の端をよぎって、そしてフェルはそこに視線を向けた。
「どうしたの?」
「……いえ、何かいたような気がしたんですが」
 気のせいか。そう思ってフィレンスに言い、視線を戻して歩き続ける。樹の幹に手をつくと精霊の声が聞こえたが、泉はすぐそこだそうだ。それを言うとフィレンスは何とも言いがたい顔をした。
「……何だかちょっと今不安に思ったんだけど」
「はい?」
「魔法が使えなくなる病気ってあったでしょ、あれかかったら、フェル確実に死ぬよね」
「…………ははは、何で反論できないんでしょーね」
 乾いた笑いと棒読みを並べて、不意に足を止める。どこか違和感を感じて杖を握るとともに、背筋を氷塊が滑り落ちた。
「っ、そんな、早すぎる……!?」
 背後で剣を抜く音、全身の感覚の配線を勝手に作り替えられているような形容しがたい嫌悪感が走る。
 森の影から現れたのは、歪な形をした黒い人形。痙攣し、黒光りする表皮はぼこぼこと泡立つように瞬間的に膨らんでは消え__人形と言うには滑稽すぎる、いっそ無気味なほど奇妙に蠢きかたかたと音を上げるそれは。
「まさか、未完の魔法をそのまま使うなんて……ッ」
 おそらくもう使えないと判断したのか、『偽物』を作るのに必要だろうと用意しておいた魔法そのものが用済になって一気に解放したのだろう。不完全なまま、転写され被るものも無いままむき出しの破壊衝動だけが宿る人形。
「……こうなったらもう、協会の管轄じゃないね。本来は手を出さず逃げるのが吉……なんだけど」
 言いかけた彼女の視線の先にあったのは、すぐ近くの人形を鷲掴みにした人形。口と形容するのだろう場所を開いて、掴んだそれが暴れるのも頓着せず、その穴のような口に突っ込み、ぶち、と噛み切る。フェルは眼を見開き、口を押さえた。
 魔法の成れの果て。『異種』の一つ、『禍楽』。元となった魔法にもよるが、通常の『異種』よりも強力な上__共食いで、力をつける。時間が経てば空気中の氣も取り込んで更に巨大化し、誰にも手が付けられなくなるだろうと言われる。
 無事に逃げおおせるとは思えない。森から出たとしても追ってくる可能性がある、そうなれば民間人に被害が及びかねない。それは何としても避けなければならない事態だ。
「となると、相手をするしかない、か」
 フィレンスは呟き、すぐ傍に立つフェルの背を一度鼓舞するように叩く。フェルは口元から手を離して、震える息を吐いた。
「……大丈夫?」
「……大丈夫、と言いたいところですが……禍楽は、私にとっても無関係ではないので、やりにくいですね……」
 言ってしまえば全ての『異種』は全ての魔法使いの過失だ。魔法の力を求める者は、総じて戦う力を求める傾向にあるが、それはその事に起因している節もある。魔法を扱うようになれば、誰もが一度は異形の誕生を目の前で見る事になるのだから。
 ほとんどの魔法使いはその罪悪感をやり過ごす為に『異種』討伐に奔る。その為に戦闘を専門とする魔導師となり、あるいは異形に襲われた人民を助ける為に医術師となり、そうやって魔法を使ううちにまた異形を生み出していく。魔法が無ければ『異種』は生まれなかった、だが魔法が存在し『異種』が生まれてしまった以上抵抗する術である魔法が無ければ人は死ぬ、そうやって魔法を使ううち使役しきれなかった魔法が『異種』になる。断ち切る事のできない、完成しきってしまった悪循環だ。
 その代表格が『禍楽』とも言える。『異種』相手に手加減をする気はないが、しかし。
「……とにかく、切り抜けるよ、黒服」
「はい」
 静かに言ったフィレンスに返し、フェルは目の前のそれを見据える。杖を握り直すと同時に広がった構築陣が光を放ち、同時にフィレンスが剣を振り抜き地を蹴った。
「そういえば昨日、試験結果帰ってきたんだけどさ!」
 黒いそれを引き裂き、フィレンスが声を上げる。フェルは広範囲に及ぶ魔法を組み立て、放ちながら眉根を寄せた。
「『“レフィルト!”』 何ですかいきなり!? というか試験って何の試験ですか!」
「騎士階梯、十四階梯の認定試験! フェルが協会入るちょっと前に受けてたんだけど!」
 言うフィレンスは長剣を操り次から次へと禍楽を無に返していく。生まれたばかりだからだろう、この群れは通常のそれとは比べ物にならないほど酷く脆い。数は多いが彼女の剣とフェルの魔法がそれを瞬く間に減らし、その途中のフェルの問いにフィレンスは剣を振り払い答えた。
「また『諸々の事情により』っていう適ッ当な但書きと一緒に非認定通知が入ってたんだ、もう試験監督達殺しにいって良いかな!?」
「な、やめて下さいそんな事! あなたがそんな変なもの斬って剣を汚した挙げ句牢に入って出てこないなんてやですから! 『陽の眷属、闇に相対する者よ! “ロティス”!』」
 フェルの詠唱が響き、刹那の間を置かず疾風が駆け抜ける。その合間を縫うように駆け剣を振るうフィレンスは、そうしながらフェルの言葉に言い返した。
「いやでもこれで五回目だよ!? いくら私が気が長い方だからって、舐めてんのかと!」
「それでも試験監督の人たちって貴族階級出身の騎士特権振りかざすの好きな重臣達ですよ!? 歯向かったら今度こそ一生認定が危うくなりかねませんて!」
「そうなったら今度こそ闇討ち」
 騎士にあるまじき汚い作戦を口走り、フィレンスは一旦フェルのすぐ傍に下がり息を整える。フェルは立て続けに魔法を放ちながらそのフィレンスに横目をくれた。
「……というか、戦闘に憂さ晴らしを求めないで下さい。傍目から見ても相当荒れてますよ」
「あ、やっぱり分かるか」
 言って、再び禍楽の群れの中に斬り込んでいく。襲いかかる影のようなそれを刀身で受け止め、弾き返すと同時に大きく薙ぎ払う。いつの間にか背後に回っていた数匹が鋭く変化した腕を振り上げるが、襲いかかった炎の渦に巻かれその姿が崩れていく。だが完全に消えたわけではないその屍骸を喰おうと群がる異形はフィレンスが切り伏せ、大量にいた禍楽の数も気付けば少なくなっていた。
 不意にどこか攻撃の手を躊躇うようなものを感じて、フェルは手に持つ杖を一旦降ろす。フィレンスも違和感を感じたのか数歩下がり眉根を寄せる。距離を取ると一層その違和感は膨れ上がった。
「……何だ……?」
 禍楽が動こうとしていないのだ、いくら不完全な魔法から生まれたばかりとは言え、人を襲い他者の力を奪う『異種』が。
 おかしいと思ってフィレンスがフェルに視線を向けると、フェルも困惑した様子で一瞬それを見返し、次の瞬間眼を見開いた。
「……!」
 かたかたと音を上げる黒いそれが、凄まじい勢いで動き出し、森の奥へと消えていく。周囲を囲うように群がっていたそれをとっさに見渡せば動き出した先は二方向、しかも正反対__罠か、しかしもし森の外に出てしまったらファスティアの村に被害が出かねない。
「フェル」
「追います。魔法使いらしい考えですが放置できません」
「ほんとに魔法使いって頭良いんだかなんなんだか」
 言うフィレンスの手を握り、もう一度パスを繋ぐ。こういう事を考える相手、魔法使いを相手にする場合は全ての場合を想定して対抗する必要がある。考えられる全ての策を講じ、先んじて全ての対策を練る。
 フェルの言葉に頷き走り出したフィレンスを見送り正反対へと走り出す。そうしながら、フェルは口の端を釣り上げた。
「こんな面倒な事してくれるのは団長以来ですよ……」
 魔法と言語の師である、現護衛師団団長。ひねくれ過ぎてどう解いたら良いか分からない迷路のような方法で知識を叩き込まれたのを思い出し、フェルは若干卑屈に笑う。これも何段仕掛けの罠なのかと思いつつ、黒い影を追って走りだした。



「隊長! 今度と言う今度はちゃんと仕事しごふッ!?」
 背後からかけられた声に、ユールはうんざりした顔で振り返る。そして駆け寄ってくる彼に歩み寄っていったかと思うと、まだ勢いのあるうちにその彼に向かってラリアットをかました。
「うるっさい、だぁれっての。団って事言ってないんだから隊長って呼ぶなこのバカが。お前の耳は節穴かそうかだったら棒でも詰めて大人しくしてろ阿呆ディスト」
「ば__ッ!? 仕事放棄していっつも遊んでて自分の才能を無駄に垂れ流してるような人には一生言われたくない言葉ですねユール!」
「おーそーか、だったらさっさと俺から隊長の席奪ってみせろ万年副隊長のディスト君、そーすりゃ誰も警邏隊の隊長に馬鹿だの阿呆だの言わねえだろーよ。で、報告は」
 落ちた眼鏡を慌てて掛け直し、立て続けの暴言に肩を震わせはじめた第八部隊副隊長、ディストは、ユールの最後の一言に拳を握りゆっくりと息をついた。そして一転、何事もなかったかのように口を開く。
「村への被害は、今のところ川の汚染のみ。これは協会の任務の範疇です。森に『異種』が集結している様子も、今は特に見受けられませんが、魔導師隊……第九の小隊に言わせれば、『森の中も結構だが、それより周囲に邪氣が蔓延している、それも新しい』だそうで」
 それを聞いて、ユールは眉根を寄せた。場所を変えよう、といって村の中でも特に人気のない場所に移動しながら、事が事だけに声を落として会話を続ける。
「新しい……? 俺がさっき鷹飛ばした時には、お前何も言わなかっただろ?」
「ええ。私は、その時は何も感じませんでした。探知型の魔法使いの私でもさっぱりでしたから、他の連中に聞いてもさっぱりでしょう」
「だったらどうして」
「中で何か起こった、と言うのが妥当な線でしょう。フィレンス隊長とフェルです、何か呼び込んでも不思議ではありません」
 それに対しては何も言えない。ユールは白い髪をかきあげ、溜め息をついた。それを見てディストが眉をひそめる。
「……それで、ユール。いつの間にそんなに年喰ったんです?」
「ひどいなお前、花の二十二歳に向かってー」
「二十歳超えたら下り坂。少なくとも外見が二十歳超えたら私の許容範囲外です」
 沈黙が流れる。ユールは頭の中で軽い暗算をして、確信を得てから言った。
「……おいそこの幼年趣味、今は一応性別までは問わないけどフェルには手ェ出すなよ。フィレンスが殺す前に俺が殺すからな」
「おや、どこからともなくひょっこり帰ってきたと思ったら推定十二歳の女の子お持ち帰りしてた二十二歳の男には言われたくありませんね」
「色々事情があるんだよ、察しろ!」
「嫌ですよ、面倒くさい。……それでですね、例の二人の魔力がちょこちょこ痕跡残っていて追跡することも可能だそうです。どうします?」
 川に面する狭い道に入り、ディストはそう問いかける。ユールは悩みもせずに即答を返した。
「どうするって、追う。準備しとけ、上位者のみ三人編成で行く」
「三人で大丈夫ですか、ユール?」
「大丈夫なわけあるか、これ以上隊の奴殺すわけにはいかないからな。……『奴』が出てきてるんだったら、フィレンスじゃ無理だ。フェルも危険すぎる、じゃなけりゃ団長がいちいち俺を指名する事ないからな」
「で、しょうね」
 ディストは言って、溜め息とともにローブの中から一枚の羊皮紙を取り出す。そこに書かれた名前を見て、何度目か息をついた。
「『ユーディス=ディシェン』……また大物が出てきたものですねぇ」




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