団長は日が昇る前に南へ向かい、今頃は東の協会に向かっているだろう。そう聞いた日から十日が過ぎて、フェルは談話室のソファに沈んでいた。クッションに俯せるようにして顔も見えず、今は大きな姿のコウが絨毯の上に座って、その肩を鼻先で突ついても何の反応もない。
 その様子を見かけたロイが不思議そうな顔をするのを見て、紅茶のカップを傾けたフィレンスが苦笑した。
「流石にきついねぇ、十日連戦は」
 彼女の言ったそれにロイは納得したように笑って、その銀色の頭をぽすりと撫でた。僅かに身じろいでうめくような声、そしてまた動かなくなる。見上げてきた生物が小さく鳴くのを、疲れてるんだろ、と言ってぐりぐり頭をかき混ぜてやれば、コウは一度フェルを見やった後に絨毯の上に丸くなった。
「……ほんとに犬みたいだな」
 フィレンスに差し出されたカップを受け取り、一人掛けに腰掛けてロイは言う。視線の先の鋼色は既に目を閉じていた、眠っているのかどうかは分からないが。
「……任務の時も連れ歩いてるのか?」
「むしろ離れてくれないみたいでね。べったり」
 そんなに気に入ったのかね、と呟くと、答えるように尻尾がぱたりと絨毯を叩く。ロイが肩をすくめて、フィレンスが小さく笑った。襟の刺繍を見やる、白服には皆こうして階梯が明らかとなっている、彼の場合は十一。__そこらの騎士よりも、よほど。
「それより、そっちの調子は?」
「ああ、俺は今の所問題なし、だな。……今度王宮に連行される事になってすごい面倒だけど」
 ロイのそれにフィレンスが眼を向ける。ロイはコウの方を見たまま、口を開いた。
「長官に連行される予定。四日からかな、四協会の会議みたいので」
「……なんで」
「さあ。でも他の三つの様子とか聞けるみたいだし、楽しそうではあるんだけどな。やっぱり状況はどこも同じみたいな話は聞いたけど」
「まあ、方角で色々抱えてる問題も違うし、その数もどこも多いからね。……そうか、それで手紙か……」
 空になったカップの底に眼を落としてフィレンスは呟く。何かと視線を向けてきたロイにはなんでもないと手を振っておいて、彼女はフェルの方へと眼を向ける。カップは既に空になっていたが、俯せたその肩が僅かに、ゆっくりと上下しているのを見て息をついた。流石に疲れているのだろう、しばらくはこのままそっとしておいた方が良いと判断して、ローテーブルの上、対岸側に放置されていた本を持ち上げた。魔法構築理論初級、任務を終えても全くそこから思考がぶれないのだから魔法使いはすごいと思う。
 何の気なしに表紙をめくる。手に持っていたカップをソーサーの上に戻して、ゆっくりとその文章を眼で追いかけていく。書かれている内容は既に自分の中にもある物だが、こうして外からの文章として改めて眼を通してみれば中々に新鮮なものだ。しばらくあとにロイが軽い礼とともにカップを戻すのが視線の端に映り込んだのを合図に眼を上げ、何をするでも無くぼんやりしていると扉が開いた。入ってきたエクサが、軽く手を挙げて声をかけてくる。
「なんだ、占領されてるな」
「ちょっと寝落ちたのがいてね」
 言いながら対岸のソファの上を指差せば、エクサは疑問符を浮かべながら絨毯を踏み、背もたれを越えてそこを覗き込んで合点がいったように苦笑を浮かべた。
「なるほど。新人だってのに早速こき使われてるって、話は聞いたけど」
「私もちょっと疲れてきたところだから、相当。コウがいたから少し楽だったみたいだけど」
 空いていたスペースに腰を下ろしたエクサがその台詞に首を傾げる。コウはそれに気付いたのか少し片耳をそよがせたが、そのまま静かに目を閉じている。起きているのかいないのか、睡眠が必要なのかどうかもわからないが、とりあえずフェルに付き従ってべったりなのは変わらない。エクサがフィレンスの方にまた目をやっても肩をすくめるだけ、なら意識があるときにでも聞こうと思い直した。
「……こうして見ると、やっぱり『異種』には見えないな」
「精霊に見える?」
「そんなところ。精霊にも色々いるし、個々で容姿も違うからな。種族で色が決まってたりもするけど……色で言えば、こういう深い色って言うのは『異種』には多いけど精霊には少ないな」
 銀や黒に類するような、鋼を燻したようなこの毛並みの色は『異種』にも珍しいと彼は言う。竜にもなるとまた違うのかもしれないがと彼がそよいだ耳の先に触れると、小さく鳴いて逃げるように小さく丸まる。意識はあるのだろう、こちらに気がないだけで。それがわかって素直に手を引いた。
「……普通の『異種』にも、黒いのいるけど」
「あれはな……なんと言うか。非常に感覚的な話になるんだが、あれは純粋な黒じゃないんだな」
「へえ?」
「『異種』の黒って、色がある訳じゃないんだよ。むしろ色を持ってない事の方が圧倒的に多い」
 地形に依存する種、天候に依存する種、あるいは地域に特有の種と様々なものが確認されている『異種』だが、それらは何故か元になった魔法が違ったとしても、今までに確認されたいずれかの形をとる。『なりやすさ』に差はあるようだが、とエクサは付け加えて、そして再びコウをみやった。視線を向けられた方は何の反応も返さず、それに特に何を言うでもなく更に続けて口を開いた。
「色を持ってないっていうのは、白ではなくて透明ってことだな。白は白で色になるから。……『異種』は生まれた瞬間、その場所や環境でまず形をとる。ただそのときは透明で、視認ができない訳じゃないが難しい。じゃあどうしてそこら中にうろついてる『異種』が見えるのかって言うと、空気中の氣を溜め込んでるんだな。そしてその氣には色がある、色が全部混じると、簡単に言えば絵の具を混ぜたようになる訳だ」
 すべての氣は色を持つ、それは光であったり絵の具のようであったりと様々な形で現れるが、それらの色が一つになれば、『全』の意味を持つ黒に近づいていく。
「……ただな、この黒って、純粋な黒自体じゃない訳だ。それこそ多種多様な色を組み合わせて作った色だから正しい色とは言いにくい、特に魔法使いにとってはな」
「見かけだけじゃない、って事か? 重要事項は本質?」
「そうとも言える。自然界にある純粋な黒っていうのは黒曜石だけなんだ、他には一切確認されてない。あとは概念上の黒だな、もっと言えば漆黒」
「……その概念も、いろいろ、問題ありますけど……」
 唐突にくぐもって聞こえた声に、三人の視線が長椅子の方に向く。もぞもぞとクッションを抱き締めるようにしたかと思えば、大きく息をつく音が聞こえた。起き上がらないまま、首を回して銀髪の間を透かして紫が見えた。フィレンスが片手を上げれば、応えるように片手が少しだけ上がり、空中を少しそよいですぐに沈む。
「寝てて良いのに」
「……色の話聞こえた……」
「なんで聞こえたの」
「……あつい」
「じゃあコート脱ぎなよ、そのせいでしょ」
 さすがに真冬とはいえ、暖炉の間近でコートを羽織ったままは暑いだろう。それを言えばフェルは数回眼を瞬く。そうか、と言わんばかりに体を起こしてコートの留め金を外しにかかる。起き抜けだからぼんやりしているのか、あるいはまだ半分寝ているのか、おそらくは両方のせいでまるで小さい子供のように単純な留め金にも難儀しているのを見て、苦笑したエクサが横から手を貸した。最中に眼をこするのを見、口を開く。
「部屋戻って寝たらどうだ、その方がゆっくりできていいだろ?」
「……火がない……」
 エクサとロイがフィレンスを見やる。ポットの中身を確認するために蓋を開いたフィレンスがそれに気づいて、あ、という顔をした。
「火氣の回復するためみたいだね。ここ暖炉あるから」
「ああ、なるほど……」
 ロイが少し笑いながら呟く。分かるのか、今ので一言だけで。
 コートを腕に抱えたフェルがそのままぼんやりした眼で座っているのを見やり、フィレンスがポットを手に立ち上がる。簡単な給湯ができるように整えられた隣室に彼女が消えていくのを見、フェルは何度目か眼をこすった。
 どうにか任務はこなしたが、今日の分で張っていた気も途切れてしまったらしい。連日で『異種』との戦闘を繰り返していると、そうしているうちは気にならないのに終わった後の疲労が凄まじいときがある。何が違うんだろうかと答えを探す訳でもなく思っていると、しばらくして目の前に大きいカップが差し出された。
「残していいから、眠かったら寝ちゃいな。どうせ明日は休みだからゆっくりできるし」
「ああ、いいな休暇」
「そう言うそっちは最近ずっと協会で待機らしいけど」
 エクサが横から言うのに少しだけ視線を向けて、フィレンスはまだ意識がどこにあるのやらはっきりとしない様子のフェルにホットミルクの入ったマグカップを持たせ、ソファに戻る。フェルは何の疑問もなくそれを受け取った。少し口に含んで、それで眼だけでフィレンスの方を見上げるが、故意か偶然か視線は噛み合ない。
 なんだかなぁとぼんやり思いながら、蜂蜜を垂らしてあるそれをゆっくりと味わっているとコウがようやく起き上がる。フェルが持っているものを見上げてフィレンスの方を見、小さく鳴くのを聞いて小さく笑った。
「そろそろ明確な意思疎通をしてみたいよ、コウ」
 もう一つのカップ、さほど深さのないそれをテーブルの上に置く。身体を起こしたコウの全身が一瞬青い炎に包まれて、それが消え去ったときには両手の大きさになった鋼色が尻尾を振りながらテーブルの上を悠々としているところだった。カップのすぐ脇に座って、わずかに湯気の立っているそれを舌で舐めるように飲み始めた。
「……フェル、こいつ喋れるのか?」
「……たぶん。私たちのいってること、わかってるみたいですし」
 ロイの問いにはフェルはそう答えて、しかし本当にそうなのかという確証はない。おそらく今まで人の声を聞くという事もなかっただろうから、そういう意識がないのかもしれない。コウには会話という概念がないのだろう、意思疎通に声を使う、そこでとどまっている。だから意思が伝わっている以上声の必要性を感じていない。
 それもすべて推測にすぎないが。思いながらフェルは息をついた。顔にかかる髪を払って少し乱れているのを撫で付ける。そしてエクサに視線を向けた。
「何で色の話してたんです?」
「色ってか『異種』の黒の話な。そっから純粋な黒の話をしてた。黒曜石と概念のところか」
「あ、そうだ概念の。問題って?」
 フィレンスが、自分は淹れ直した紅茶のカップを手に口を挟む。フェルはマグカップを両手で包むようにしながら言った。
「黒、あるいは漆黒の定義って『全』なわけですよ。これはもうほとんど全員が知ってる事だと思うんですけど」
「まあ、有名だしね。色の定義の詳しい話は魔法に突っ込むからあんまり知られてないけど」
「定義というより定理ですからね、人が生まれればいつか死ぬのと同じ次元の話です。で、その『全』なんですけど。全部ってことは欠けがない、一切の欠損がないってことですよね? じゃあそこに『無』は入るのか?」
「……なるほど」
 全と言うからには全てであるのは間違いない。そのためそこには無が入っていなければならないが、無と有とは共存できないとされる。ならば全に無が含まれる事はあるのだろうか、と。
「ないという事がある、ということはあるということにないという事が生じてしまう訳で。全くの真円を全とするなら無はそこに穴を空ける事です、それが無ければ全ではなく、無が入るならば全ではない」
「……でもそれってどうなの」
「ええ、おかげでとんでもなく紛糾してますよ、いつの時代も。全知全能と不老不死は両立するのか、とか」
「老いる事死ぬ事ができないのなら、全知全能ではない?」
「そういうことです」
「……俺色とか魔法ってとんでもなくきっちりしてるんだと思ってたけど」
 ロイが声を上げる。視線を向けると、肘掛けに頬杖をついて、まるで呆れ返ったと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「なんだろうな、馬鹿か?」
「馬鹿でもないと魔法なんかと付き合ってられませんよ」
「然り然り」
 黒服の二人が言って、白服の二人が軽く眼を見合わせた。軽く問うような仕草を片方が見せて、それに対してはもう片方が手を横に振る。こんな細かいところを突き詰めて考えていって答えがでないものにずっと付き合っているほど魔法使いしていない、というそれには一応納得しておいて、改めて黒服二人の方を見やれば仕方ないといった空気を漂わせていた。
「……いいのか、それで」
「良いんですよ。実際、黒に関わる問題だって、実際に黒を持ってる人物に聞いてみないと分からないんですから」
「そうそう。言っちゃえばいかに人間が理解しやすくなるかっていう模範解答を探してるだけだからな。解釈なんて個々人が勝手にやれば良いんだよ、それをしない人間が多いってだけで」
「めんどくさいだろ、そんなの。そもそもそこに齟齬があるってことすら気付いてないのが大半だと思うぞ」
「だからこその学問なんだろ。全員がそれについての知識その他諸々全部を兼ね備えてみろ、俺ら魔法使いの職が無くなるぞ」
 魔法は知識、魔導師達は言う。戦う力に適していたからこの場にいるだけであって、魔法のすべてがそこにある訳ではない。それが無くなってしまったとするならば。
「……ある意味、それでやってますからねえ。専門家っていうのは、一般にそれについて強い人がいないから必要になるんです。家事の専門家なんていないでしょう、皆できるから。専門家やってても自分が生きていけなくなるんですよね」
 もちろん、家事をしないという選択肢を選ぶ人々によってそれに従事する人間も生まれるが。それは両者のその選択によって生まれた結果であって目的ではない。魔法使いも、ただそれだからと生きていけるようなものではない。__協会の所属を望む者が、その職務の内容に関わらず減少しないのはそのせいだ。ここは居心地が良すぎるから。死を恐れるより、生きやすさに安堵する。
「……才能が必要な割に合いませんよ、自由契約の魔導師とか、特に。リスクが高いくせに自称占い師よりも薄給ですからね」
「……よくそんな事知ってんのな、フェル」
「魔法院によく出入りしてまして。あそこって国中の魔法使い達の動向を監視してるので、統計とかも色々とってあるんですよね。悲惨ですよー」
 しみじみとロイが言うのに、少し茶化して返しておく。魔法大国と称するにしては、その内実は杜撰を極める。だからこそもあるのだろう、魔導師達が言う、その理由が。魔法は知識、それにすぎないと。扱う人間がどうであろうと、国には文字が集まってくる。
 テーブルの上から鳴き声が聞こえて、視線を向ければカップの縁に前肢を乗せたコウがまるで人間がするように首を傾けている。その口元が白くなっているのに苦笑して指で拭った。多少べたつくのは、あとでなんとかしよう。フィレンスが気に入ったかと問えば尻尾でテーブルを叩いて答え、再びカップの中に顔を突っ込む。気に入ったんだな、とそれを見てフェルは小さく笑って、ついで対岸の彼女をみやった。
「……蜂蜜って、今の時期高くないですか、フィレンス」
「そうなんだよねぇ」
「え、蜂蜜とかあるのか」
 フェルの問いにフィレンスが答えて、ロイが顔を上げる。その彼が隣室の方を指差すのを見て、フィレンスはああ、と答えた。
「いや、個人で持ってる。何か作るときとかあると楽しいし」
「楽しいってお前……」
「フィレンス、お菓子作ったりするの好きですもんね」
「まあ、ね。小さいときから事あるごとに何か作ってくれってねだる子とかいましたし?」
「えへ。だって大好きなんですもん甘いもの。エクサさんとかそうじゃないです?」
「……いや、まあ、疲れたときとかに無性に欲しくなったりはするけどな……」
 ちら、とエクサはフィレンスの方を見る。フィレンスは紅茶を吹き冷まし、そうしながら器用に肩をすくめた。
「別に言われ慣れてるから良いよ、似合わないとかは。料理とか全部我流だからそんなに上手なわけでもないしね」
「どこで習ったんだ、家じゃやらせてくれないだろ」
「いや、両親はやりたい事やらせてくれたから。じゃないとここにいないよ私」
「……ああ、まあ、確かに。でも公爵家だろ?」
「跡継ぎはもう生まれてたからねぇ……女の私にお鉢が回ってくる事もないだろうし。兄二人いて弟も七人だからね、ないない」
 沈黙。フェルが眼を瞬いた後に指を折って数えて、そして首をひねった。
「……あれ、一人多くないです?」
「五年前から変わってないよ。双子が二組いるから」
「あ、そっか、それで十人」
「いやそういう問題じゃなくね……?」
「たしかに男ばっかりだけど」
「いやそれもそうだけど人数」
「ああ……何人かは養子。院の中でも優秀な子を学校に行かせるために後ろ盾が必要で、だったらって」
 院、とは多くの場合は孤児院を指す。この国には孤児院が多い、それはキレナシシャスだけでなく他の国でもそうなのだが。
 人間を危険に晒す原因は、何も『異種』だけではない。人災も天災もある、そういった中で身寄りを無くした子供は多い。そういった子供達は院に預けられて必要な教育を受け、良家の養子となるか、職を見つけて独り立ちするか、おおよそはその二択しかない。より高度に学ぶ事を望んでも、それが果たされる事は少なかった。養子として迎えられればそれも可能だろうが、それには命色が関わってくる。だが。
「ほとんど母上の趣味なんだけどねうちのは。自分で院の経営してるし、弟達も選ばれた理由教えたら愕然とすると思う」
「……どんな?」
「『天啓』」
 エクサが天を仰いで乾いた笑いをこぼした。それはもう仕方ないな、と呟いたロイも苦みの強い笑いを浮かべている。ホットミルクを干したフェルが満足げに息をついてマグカップをテーブルに戻していると、その後ろで扉が開く音。振り返って見てみれば数人の白服が入ってくるところで、途中で一人がこちらに気付いて声を上げた。
「フェル」
「はい?」
「長官が、明日来いって言ってたぞ。あとこれ、そっちに」
「……私?」
 彼は手に持っていた封書を示し、聞き返してきたフィレンスの方に近づいてそれを手渡す。少し驚いたような顔をしつつもそれを受け取って開いて数秒、彼女は唐突に顔を覆った。
「……えっと、どうした?」
「いや……」
 封書を差し出した彼が急なそれに戸惑うように聞いてくるのには言葉を濁して、フィレンスはそのままその便箋をフェルに突き出した。疑問符を浮かべてそれを受け取ったフェルもそれに眼を通して、そしてそのまま再びクッションの上に崩れ落ちた。エクサが眼を瞬いて、その手の先でそよいでいた一枚きりの便箋を攫う。抵抗されなかったのを良い事にそのまま文面に眼を通した。短い一文。
『色々面倒な事起こってるし会議もあるからちょっと戻ってきてね   S』
「……『S』?」
「……頭文字がSのとても有名人です」
 フェルが呟くように答える。何の事だ、と眉根を寄せたロイに、エクサは少し考えるようにしてから顔を上げた。息をついて起き上がったフェルを見やれば一瞬目が合った後にすぐに逸らされる。察して、あー、と声をこぼした。
「……えーと」
「……いや、別に、会うのが嫌な訳じゃないんですよ……」
「いやうん、そりゃそうだろうけど」
「……場所が、嫌なんですよ」
「……うん……がんばれ」
 ぽす、と頭を撫でてみる。コウが不満そうに一声鳴いた。




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