「これ以上被害を増やす訳にはゆくまい、『異種』の数も襲撃の回数も、理由も原因も分からないとはいえ増大している事だけは事実」
 響いた声に薄く眼を開く。答える声は、若干の疲労を露にしていた。
「なら軍を動かしてくれ。協会は例年の数だけでも全力で任務に当たってたんだ、それが多くなったからって一気に被せられても溢れるだけだろうが。酷使すれば人員に欠けが出る、今年に入ってからも既に数人が前線から脱落してるんだ、所属者を許容量以上に酷使する事は避けなきゃ、首が絞まるのは自分らだろ」
「だが、だからといって軍は駄目だ、監視の目が多すぎる。今どこか一つでも動かせば隣国たちが過剰反応するぞ」
「なら紫旗の動きを止めた真意を聞きたいね、俺は」
「度を超えていた、その処置だ」
 致し方あるまいと魔法院の一人が言う。リアファイドが息をついて横目をやれば、その先にいた一人が苦笑を浮かべた。
「ですが、そうでもしないと何ともならないという判断はもっともでしょう。実際に私は……北の協会は、師団の援助があって初めて海からの『異種』を押さえきる事ができています。師団の方に陸地の『異種』をお願いする事で、海に精鋭を揃えられましたからね」
「北は最も人員の多い場所ではないか」
「その分、私設の警備隊が少なく、当然のごとくそれが常駐する町が少ない。村などになれば皆無に等しい状態で、白黒にはその守りにも当たらせています。常に動かせる人員は三千程度、確かに多少持ち回りをずらせる余裕があるとはいえ、その殆どが通常の任務にすら忙殺されている状態ですよ。これ以上は、承けられません」
 柔らかな声音の最後には、明確な拒否の意思が現れる。口をつぐんだ院の男性、フィテルを見やって、そうして溜め息をついたのはヴァルディアだった。
「だから紫旗の行動制限を取り下げろと言っている。協会がすべてを負える量ではない」
 軍を動かせないのであれば尚の事。そう言えば、フィテルは目を細めた。
「協会が全てを負うなど既に不可能、それはこちらも分かりきった事。だからこそ、その協会の学院を動かせと言っているんだ」
 その台詞に、快い反応を返す者は殆どいなかった。ただ一人、有事には国王軍の総指揮を取る一人だけが、隠し切れない挑発の色を乗せて色を冠する四人を見やる。何かを鎮める様に深く呼気を落とした南の彼がゆっくりと口を開く。
「それは出来ないと、それこそ何度も。こちらとしてもこれ以上の被害を増やすつもりはありません」
「それは、批難か」
「そう取れる行動をそちらが起こしている以上、含意については申しません」
 既に命令に従うしかない護衛師団が各地から、事後処理という名の時間稼ぎのできなくなった場所から撤退せざるを得なくなっている。そうして既に被害が拡大していると、この場にいる全員が分かっている筈なのに。
 まるで堂々巡りだと、彼女は密かに息をついた。伏せたままの眼を僅かに左右させて居並ぶ長官達をみれば、程度の差はあれ一様に苦い表情を浮かべていた。一度完全に目を伏せる。
「……ユゼ」
 平行線を辿る事に飽いた場が沈黙に陥りかけてようやく、口を開いた。その場の全員の視線が集まるのを感じながら、静かに声を落とした。
「紫旗は、院の命に不服は」
「ある。既にその旨書簡でお渡しした」
 左からの、何の感情も見えない返答に眼を開く。顔を上げて、そして紗に覆われ白く煙った視界の中に並んだ十数人のうちの一人を見据えた。
「フィテル。紫旗を各地から王都へと帰還させる事で発生する被害の事は、考えていますね」
「無論」
「数は」
「……万は、下らないかと」
「それだけの数を即座に、そして長期間、未熟な学徒に負わせると言うからには、そうする事で事態が収束すると確信があっての事ですね」
 これには沈黙が返ってくる。予期していたそれに、紫銀は息をついた。
「キレークト」
「そのように致します」
 呼び掛けには即座に了承の声が返ってくる。フィテルが何か言いかけるのを傍らの一人が押し止めて、それで彼は口を噤む。
 ゆっくりしてはいられない。この国の全ての知識と軍事力を掻き集めたこの場を逃す事は出来ない、それは向こうもこちらも同じ事。__彼には、気の毒ではあるが。即座には繋がらないが、傷になるだろう。そう考え始めた思考を振り切って、今度は四方の四人に眼を向けた。彼らは魔法院より下、軍よりは上の席を与えられ、楕円を囲うように並んだこの場ではちょうど中心。その中でも一番に上座に座った初老の男性に問いかける。
「四方、今許容されるだけの数は」
「概算では、東に四万、西に二万五千、南に三万、北に五万の、合計で一四万五千。例年の場合に照らして、一月に処理、解決される数になります」
「紫旗、同じく」
「余剰人員のみで考えて、三千から四千。編成が可能であれば団の半数以上を動かせ、五万から七万」
「報告数は、およそ二十万を超える。……双方の存在を加味しても、現状の数をまかない切る事は出来ないと、理解していますね」
「試算の段階では、是と言うより他にありません」
 協会も師団も、全ての人員を常に動かせるわけではない。その能力の限界を越えれば次は組織そのものが瓦解する。この場合は、最も重要な人員が欠けていく事になるだろう。そうなればリアファイドの言葉通り、次第に自分で自分の首を絞める事になる。それを暗にしながらの会話には、他の三人も頷きを示して、それを受けてフェルは元あったように目を伏せた。目元を覆うように重ねられた紗と、ぼんやりとしかついていない明かりのおかげでその必要も本当はなかったが、それはもう癖だった。見知った相手にこうして上座からというときには、顔を見ない方が気が楽に済む。
「……人命を第一に。守る人間も守られる人間も同じ一人です、最善を」
「御意」
「学院の件は、学長である長官の決めること、魔法院も神殿も触れる場所ではありません。判断は四方各々の長に任せます。もし学徒が動かざるを得ないのであれば、院からも最大限の支援があることと期待します」
 落ちたその声に、会議の場が開いてからというもの、問いに対する返答以外には何の動きもみせず口も開かなかったキレークトが視線を上げた。その横の一人が立ち上がる。
「閣下、それは」
「フィテル、この事をこの場で口にしたからには、数千の学生の命を奪う覚悟も、それを防ぐ術も用意しての事でしょう。私は神殿の長として、それが惜しまれず振るわれる事を願います」
 言われた彼は言葉に詰まった後、結局は無言のままに頭を下げて椅子に戻る。いくつかの視線が動いたのを感じながらもそれについては何も言わずにいると、不意に誰かが息を吐く音が聞こえた。わずかに開いた視界の中で金色が揺れる。
「紅軍にも、一応は要請を出したいところではあるが、どうだろうか」
「ヴァルディア殿はいつも難しい所を突いてくれる」
 苦笑まじりに、しかしどこか楽しげに口を開いたのは総指揮から一つ空席を挟んだ下座、国王軍の中でも主要な位置を占めるエジャルエーレ侯爵家の当主であるカティアル。白くくすんだ青い髪をかきあげながら、彼は手の中の地図に目を落とした。
「……個人としては、このような事態で安穏としていられるほど楽観的ではありませんからな。協力したいはしたいが……現状では、場所による、としか」
 言いながらカティアルは少しの距離に座った総指揮を見やるが、何の反応も返さないその様子を見て四方の長官へと視線を戻した。
「西は難しい。特に」
「南も駄目ですね……未踏破地帯に手を出したかと勘繰られかねません」
 アルフェリアが言うのにも、カティアルは眉根を寄せて頷き返す。キレナシシャスの南の国境の先には、まだどの国も領土として自国に組み込むことのできていない未踏破領域が大きく広がっている。『異種』の存在が大きな壁となってはいるものの、その周辺国の間ではその肥沃な土地を求める動きを牽制し合っているのが現状だ。この状況では軍は、中央やその周辺ならともかく、協会が配置されているような辺境までは入れない。
「東は、まあ東のことだけ考えた場合は全く問題ないんだが……個人的にはやっぱり、西と南だな。西の産業が潰されても、南の農業が潰されても、それだけで国が揺れる。……余剰があればな、そっちに人回せたんだが」
「人よりも麦でも回してくれた方が嬉しいんだがな、今年は家畜の減りが速い。……西は、軍はいい。隣のカルテスを刺激すれば、ようやく得た国境付近の任務遂行権限が無効にされかねない」
「なら、やっぱ東から送る。西と、南だな」
「北も、海が落ち着けば自由になる数も増えますから、そうなり次第ですが援助を致しましょう。軍は、東と北にお願いできますか」
 フィエリアルが視線を向けた先は、カティアルの二つ隣の席の男性。問いかけられた彼、ヴェルデッラ公爵は視線を受けて、口元に組んでいた手をようやく崩した。
「了解した、そのように計らおう。どの国でもこの『異種』急増の現状は変わらないと聞いている、人員配備の範疇であれば刺激にもなるまい」
「感謝致します。では細かい数はまた。……ところで、西も南も、今は何人でしたでしょうか」
 こちらは四千ほど、とフィエリアルは付け加える。それを受けた南の彼が、そうですね、と少し思案するような間を置いて口を開いた。
「南は、大体二千五百を超えるか超えないかくらいですね。なんとか、増えてきています」
「……緊急配備を入れて、西は千百程度。現状でも足らない、これ以上増えられたらどうするかという所だな」
 その場の大半が顔を覆い息を吐き出した。上座でそれを聞いていたフェルも口元の無表情を崩さないようにしながら、今度こそ完全に瞑目する。そんなに少なかった故かと、怒濤の連戦を思い返した。リアファイドの声。
「……東でも三千はいるんだけど、なに、お前らどういう動かし方してんだ……?」
「おかげで個々の水準が高くて助かってる。……ともかく、紅軍については、閣下」
「ええ、私からも陛下にはお伝えしましょう」
 ヴァルディアの呼びかけには思わず苦笑が混ざる。王の軍を動かす以上王の命令が下されなければならないが、それを国王に対し直接奏上できるのはこの場では一人に限られる。急を要する以上、書面では時間がかかりすぎる。答えた大公のその声を聞いてか、カティアルが冗談めかした視線で上座を見やった。
「閣下の紋を戴ければ万事、と言いたい所ですがな」
「では、紅軍には全員家名を捨てて貰わなければ」
 少しおどけた風なそれには小さな笑い声が上がる。抑えたようなそれにフェルは目を瞬いて背後に控える副官を見上げれば、胸に雪の紋章を提げた彼も軽く口元を抑えていた。
「……レゼリス」
「失礼致しました、閣下」
 言う声も少しばかり笑う色を含んでいる。フェルは少し唇を尖らせて顔を背けた。



 戻ってきたエレッセアは、扉を後ろ手に閉めながら、やけに神妙な顔をしていた。
「……ど、どうしたレッセ」
「……いや」
 どこから持ってきたのか、黒服数人でテーブルを囲んでトランプを切っていたベラが思わずかけた声にはどこか静かに答えて、そして彼女は唐突に部屋を横断し、ソファに座っていたセオラスの後ろ襟をつかむ。気づいた彼が振り返るよりも早く、それを無造作に引っ張った。
「げ、ちょ、待、絞まる絞まる!!」
 セオラスの悲鳴にはかまわずエレッセアはその彼の耳元で何かを囁いた。丁寧に口元を手で覆ってのそれに、一転して抵抗を止めた彼は声が出せない代わりか指を三本立ててみせる。さらに何かを囁きかけられたのに対しては何度もうなづいてみせて、そしてそれでようやく彼女の手が襟を解放した。セオラスが無言のまま首を抑えて背を丸めるのを見、エレッセアは溜め息混じりに元の位置に戻っていく。読みかけだったのだろう本を開くのを見ながらベラが何なんだと呟く横で黒の一人が小さく笑う。
「西は仲良いな、毎度ながら」
「? そうか?」
「長官も面白そうだし」
「いやそれはどこも同じじゃねーかな……」
 自分が長官と呼び慣れているヴァルディアについては常々変人だと思っていたが、そのヴァルディアに対して容赦も手加減もなく突撃していく東に、その東に対して積極的に喧嘩を売りに言くような至る所に棘の見える物言いの南に。北はまだ見ていないが、何となく見たようなものなのではないかという予感が拭えない。変人の相手は奇人しかできないという事は、今までの生で学んできているつもりのベラだった。
「東は、いつもはもう少し落ち着いてるんだけどな」
 組になったカードをテーブルに投げながら一人が言う。そのカードの数を見て手札を眺めるもう一人がそれに続いて口を開いた。
「南も、いつもとちょっと違うな。あんなに妙に毒吐く人じゃないんだが」
「へえ。言い慣れてるみたいだったけど」
「それは俺らもちょっとびっくり。仲悪いのかね長官たちは。西はどうだ?」
「……あたしは、特に何も変わったところは感じないけどな」
 ベラは言いながらカードを三枚投げる。残り五枚、と数えながら手を考える。その横でエクサがでも、と声を上げる。
「少し疲れているみたいではあるけどな」
「あー……なんというか、悪いな……」
「いや東の長官の影響はあるだろうけど」
 所属者のせいじゃ、とエクサは苦笑する。そうして手に残っていたカードを全部テーブルの山に重ねたところで、それを見やったほかの全員が息をつく。後一枚だったのにとベラは悔しげに呟くのにはわざとらしく視線を彼方に飛ばしておいてとしていると、何度か扉が開いた。開いたのは神官で、入ってきたそのまま白服の一人に声をかけ、二人はそのまますぐにこの広い部屋から出て行ってしまう。
 数時間前から、何度もこの光景が繰り返されていた。神官に連れて行かれた白黒は暫くしてから戻ってくるが、疑問符を浮かべていたり納得顔だったりとその様子は様々だ。
「……なーにやってんのかね。尋問か何かか?」
「する意味があるか、神殿が白黒相手に。これが藍色なら怖いが」
「でも今の神殿と紫旗って協力体制だろ、色々と。そうなると、そうそう変な事はされないだろうとはいえ、ちょっとひっかかるな」
「ま、自分の番がくりゃわかるだろ」
 一人が言えば周りからも然りという声が上がる。先にばかり気を回してもなとエクサが呟いたところで、また神官が一人扉を開いて中に入ってくる。その法衣が向かった先にはエクサ。
「失礼致します、リオレス様。こちらへ」
 気づいて視線を向けた彼に、身を屈めて囁いたその言葉には僅かに瞠目する。その場でも何を言うでもなく立上がり、その神官の先導に任せて部屋を出る。部屋の中の団欒の声を扉で遮り、静かな廊を進んですぐの階段を上がる。三階に昇ってすぐの部屋の扉を開いた神官が中へ、と示した。
 特に身構えもせず、エクサは示された通りにその部屋の中に足を踏み入れる。整えられた、誰かの私室のような印象のその中を見渡していると、後ろで扉の閉まる小さい音が聞こえた。それを合図に振り返る。
「……で、なんで人が数十年隠し続けてきた姓を言い当てられるのか、不思議なんだが」
「神殿にも多々ございます。どうぞお掛けください」
 柔らかい調子の声でソファ、しかも上座を手で指し示されて、エクサは軽く息をついてそれに従った。すぐに向かい側にその神官が腰を下ろして、そうしてからようやく頭布を肩に落とした。見えたのは法衣と揃えたような青い髪と瞳、男性。彼はやんわりとした笑みを口元に浮かべたまま目を伏せた。
「急に申し訳ありませんでした、エクサ様。事情あっての事とお許しいただけますでしょうか」
「説明をしてくれるのであれば、だな」
「ようございました、閣下もお喜びなりますでしょう」
 ほんの少し眉根を寄せる、閣下と呼びかけられる彼女、今は会議に臨んでいるはずの紫銀の少女が噛んでいるのか。思っていると、神官の穏やかな表情の中に、僅かに苦笑の色が混ざり込む。
「この時期は例年から、紫旗の方々が協会と接触する事が難しいのを、神殿がお手伝いをさせていただいております。加えて、今の神殿の役目の中には諮問と監査もございます故、このように」
「尋問、という訳ではなさそうだが」
「それはわたくしどもには許されてございません。ただ、所属者である皆様方のご厚意に甘えるだけ」
「……神殿の監視対象は長官だろう、協会ではなく。黙秘すれば紫旗が協会に踏み込んでひっくり返すだけ、の間違いじゃないか?」
 神官はそれには答えず、ただにっこりと笑みを浮かべた。息をつく__そういう事か。
 紫旗、護衛師団のあの二人と神殿の張本人、加えて、何度もこの時期ここにきている面々は既にこの事を知っていたのだろうか。思いながら、神官に向かって問いかける。
「長官には知られてるんじゃないか、とうの昔に」
「さあ、それはわたくしどもには知りようも……今の四方の方々には、こうしてお話を伺った事はございませんから、そう願うだけでございます。それに、何か疾しい事があれば、多少なりとも漏れ聞こえてくるものですから」
「俺達は、情報源か」
「こちらの問いに答えていただければ、それだけでも十分ではございます」
 その彼の言葉には小さく笑った。息をついて、僅かに姿勢を崩す。
「……神官らしくないな。もっと清廉潔白な生き物だと思ってたが」
「黒服の相手をするならばと、閣下が神官の中でも特にひねた者を選ばれたのです。事実、純粋な者は聞き出すということ自体に引け目を感じましょう」
「お前は違う、と」
「元々は魔法使いなのですよ、わたくしも」
 どこかの含みのあるそれに、エクサは今度こそ呆れたような諦めたような様子で緩く頭を振った。そして、顔を上げて口を開く。
「……西は特に何もないと、俺は感じてる。確かに任務が続けば酷だが、長官も絶対に無理はさせないからな」
「以前と比べて、様子が変わったというような事も?」
「ないな。至って普段通り、仕事をしてる時としてない時の落差が激しいのも、白黒に対してどんな事でも容赦ないのも、全く変わりない。少なくとも俺から見る限りは」
「……エクサ様は、前長官の頃から蒼樹にいらっしゃったと聞いておりますが、差異はありますでしょうか」
「あるな、前代は俺らの前には出てこなかった。恐らく白黒に紛れてたんだろうが」
 言いながら問いかけるような視線を向ければ、彼はやはり笑みを返してくるだけ。大して期待もしていないと、エクサは続けた。
「あとは、所属者の数は減ったが、個々の力量は上がっているように思う。要求が高い分な」
「数字を見る限り、死者は激減していますね」
「無理はさせない、らしいからな。本人から聞いた事はないが……前代からの所属者も、自分の力が足らなかれば使われないと気付いてる。ついていけなくなった奴らが我慢できなくなって居なくなって、拝樹の試験が刷新されて難易度が上がって人が入ってこなくなった。……今の長官についてはそれくらいか。後はこれといって特に」
「他の方々からも、同じように仰っておられました。……西は非常に安定しておりますね」
「他を知らないから比較のしようがないな、こっちは」
「確かに。では……フェル様のご様子は」
 その問いかけにはエクサは意外だと言わんばかりの顔をした。その反応を見てか神官は笑みの表情のまま、目を伏せる。
「ご安心ください、結界を張ってございますから」
「いや、それは気付いてたが……知ってるってことは、かなり高位か」
「祭祀の長の任を預からせて戴いております」
 エクサは何も言わずに額を抑えた。神殿、神官の位には詳しくないが、祭祀を司るのは神殿の中でも紫銀をはじめとするごく少数に限られるはずだ。その長となれば、常ならば大公のすぐそばに控える側近の一人ではないのか。小さく笑う声。
「だからこそわたくしに、と閣下は仰せられました。その仰せの根拠はともかくも、閣下に使って頂ける事は名誉でございますから」
「……随分、心酔しているというか……」
「教師としては、教えた事を見事に使いこなしている様を間近で見れるのは嬉しい事です。副官の支えが大きいとはいえ、中々面白い事をなさる方ですから」
「……王宮から出て行ったりか」
「焚き付けた張本人としては、耳が痛いですね」
 目を見開く。神官はにっこりと笑みを浮かべた。




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