「侍従長、こちらで宜しいでしょうか」
 呼びかけられて振り返ると、衣装棚から小さな飾りを取り出した雪騎士の一人。その手の中にある衣装を見やって、レゼリスは頷いた。
「先にお持ちしているように。私もすぐに行く」
「了解いたしました。……侍従長、鏡を」
 言われて何の事かと思ってその侍従を見れば、彼は青い制服を揺らして一礼を残し、そのまま部屋から出て行く。それを見送ってから部屋の中を見渡して、鏡を見つけてそれに自分を映して見てみれば眉根を寄せた青い眼がこちらを見返していた。気付いて息をつく。手を伸ばして指でそこを揉んだ。
「……半年……」
「口に出ていますよ、青年」
 扉の音も無く背後から聞こえた声に振り返る。そうして見えた人に、レゼリスは苦笑した。
「儀祭司……」
「言ってくれずとも、自分の役職くらい自覚していますよ」
「そういう意味では」
「ええ、分かってます」
 扉が閉じないように片手でそれを押さえながらの祭司長の言葉にまた苦笑するしか無い。レゼリスは軽く頭を振って腰を折った。
「失礼致しました、儀祭司」
「気持ちは分からなくはありませんが、抑え消していかなくては。今はあなたが侍従の頭です、率いて行く役目ですよ」
「はい」
「……確かに、出て行ったきり本当に半年も帰って来ないとは思いませんでしたがね」
 その声に僅かに笑うような色が混じっているのを聞いてレゼリスは更に深く頭を下げる。しっかりなさい、と一言残して去っていく気配をそのまま送ってから顔を上げる。閉じられた扉を見やって、一度深く呼気を吐き出した。視線を転じて机の上に山積みになった資料を一瞥する。その脇に纏められた別の束を取り上げて、その内容を確認して腕に抱えてから扉の取っ手に手を掛けた。
 静かな廊を進んで、一つ上の階に向かう。目的の扉を叩いてから中に入れば、部屋の奥、私室に繋がる扉の前に据えられた机に銀色が伏しているのが見えて、それが見えた瞬間に思わず笑いが漏れた。



 疲れた、と呟いたのを最後に、自分以外には無人の部屋の中で机の上に顔を伏せて全身から力を抜いた状態のまま、傍目にもぐったりとしたままでいると、お疲れ様です、という声と共にすぐ近くに何かを置く音。顔を少しだけ上げれば、書類の除けられた場所にティーカップが湯気を立てていた。その奥に書類とは違う紙の束が置かれる。
「流石紫旗の方々です。フェル様の手紙が届いてから少しもしない間に届けていただきました。しかも十年分」
 それには頭を腕の上に乗せたままで視線をその資料の束に向ける。そうして、緩く笑みを浮かべた。
「……レゼリスも有り難うございます。整理も、大変だったでしょう」
「いいえ。副官としてやる事があるというのは嬉しい事ですから」
「……私の政務の八割を被ってもっと、ですか?」
「政務、はおやめください。政には関わらないしきたりです」
「しきたり、ですね」
「はい。ですから、表立って破る事はおやめください。儀祭司がお叱りを受けてしまいますから、その次は私達です」
「……祭祀長……エルディアードには怒られたくないですね……」
 言えばレザリスはにっこりと笑う。机から体を起こしてぼやけた眼を拳で押さえる。湯気の立つ紅茶のカップを持ち上げて小さく一口含んで、途端頬の奥と喉に砂糖の甘味が突き抜けて薄く涙が浮かぶ。それを眉根を寄せて瞬きでやり過ごしてから、その暖かさに息を吐き出した。
 神殿の役割、負っている義務というものは明確に定められてはいるが、それだけですべてをまかなえている訳では決して無い。協会にも軍にも時として命令を下す事もあるとなれば、それらの動きも状況も逐一確認し監視しなければならないが、その為に割ける人員も数が少ない。『異種』の問題に繰り出されれば尚の事だが、神官たちの多くは神殿の外には疎かった。
 結果として、地位身分ともに他と対等に渡り合えるだけのものを持つ大公が先導に立ち様々な職務をこなす事になる、というのは分かるのだが。フェルはカップを置いてから、目の前の書類を睨みつけた。
「こう、ここまで忙しいと長官の気持ちも多少は理解できますね……」
「せめて重要なものだけでも片付けてからお出かけになってください。補佐を務める副官とはいえ、私が動かせる案件にも限度がございますから」
「わかってます。……分かってますから、少し休憩しましょう」
 今は少し文字から離れたいと眼で訴えれば、それを見た彼は穏やかに笑みを浮かべて頷く。それを見てフェルはようやく天井を仰いで大きく息をついた。手を組んで上半身を軽く伸ばす。肩が痛い。
「……領地問題と、各神殿に対する声と、神殿からの上奏には眼を通しました。領地については書面のものは終えていますが、それ以外については明日、明後日に当事者を」
「手配致します」
「明日の会議は神殿は関わりませんから出ないとして、その間に院の件は終わらせたい所ですが」
「その為には、これを、明日の午後までに終わらせなければ、ですね」
 フェルの視線を上へと投げながらの声に、レゼリスはテーブルに積まれた紙の束を見やり、言う。神官の任免と春に控えた神事の手配、そして協会の査問と魔法院の監査。フェルは溜め息をついた。
「……白黒は何割終えました?」
「およそ三十人のうち十一人ですから、三割以上四割未満ですね。三日目の昼までには出揃うかと思われますが」
「……早められません?」
「さすがに、限界かと」
 項垂れた。査問はその多くが唐突に、そして秘密裏に進めなければならないものが大半であるおかげで、表立って官を集めてその為に人員を編成する事ができない。その時になれば動く官というものは決まっているが、常の務めとの平行作業になる分効率的とは言い難かった。
「……神官は、増えてるんですけどね」
「反面、雪華騎士は中々増えません。閣下にはご不便を」
「構いませんよ。侍従には助けてもらっています。むしろ法と理屈に強い悪知恵の働く高位神官が欲しいですね……祭司長みたいな」
 言えばレゼリスも苦笑しながら、それは、と呟く。中々難しい、フェルが息をついたところにノックの音が響いて、とっさに彼女が紫の視線を向けてきたのに小さく笑いながらレゼリスがそれに中へと促す声を上げる。
 扉を開いたのは雪の紋章のクロークを肩にかけた一人。装飾の施された剣を佩いたその姿を見たフェルが安堵したように息をつくのをみて、部屋に入ってきた彼は疑問符を浮かべた。
「本日の聞き取りの分をお持ちしましたが……なにか?」
「なんでもない、ご苦労」
「少し噂話をしていただけですよ。こちらに……かわったことは?」
「報告の中には、特に目立ったようなこともなく。四方ともに、昨年よりずっと安定している印象であるとのことです」
 渡された書類に大まかに目を通す。何らかの処理が必要なものがないことを確認してからうなずいてみせれば、その彼は一度深く腰を折って、ついでレゼリスの方へと視線を向けた。
「団長、隊長方が」
「……急用か」
 レゼリスの問いには頷き、一転机の大公にはどこか心配そうな眼を向ける。フェルは小さく笑った。
「気にせず、行ってください。さすがにこの量を抱えて抜け出したりしませんよ」
「本当ですね?」
「抜け出すなら言いませんから」
 笑みを浮かべて言えば侍従たちは揃って呆れたような諦めたような顔をしてみせる。そうして礼だけ残して部屋を出て行くのを見送ってから、フェルは一度息を深く吐き出して積まれた書類を手に取り、ペンを握り直した。
 表に出てこないだけで、神殿の長が抱える仕事は多い。普段から協会でも時間を見つけて片付けているとはいえ、書面だけで処理しきれないものも限られるとはいえないわけではない。会議の行われる四日間のうちに、それらに一度片を付けなければ。
 ペンを走らせる音だけが耳に入る静寂の中で、文字に集中する。記憶を引き出しながら、あるいは資料と平行して眼を通しているうちに暫くが経って、無言のまま処理を続けていると今日何度目かのノックの音が聞こえた。聞き慣れた声、侍従の一人。
「閣下、失礼致します。ご来客が」
 顔を上げる。書きかけの文章を書ききってからペンを置いて立ち上がった。
「誰?」
「四方の長官様方です。時間が許せばと仰っておられましたが、ひとまずはと、奥の間にお通ししてございます」
「お待ち頂くよう、すぐに行きます」
 扉の向こうの気配はそれを受けてすぐに遠くなる。フェルは書類をまとめながら虚空へと視線だけを投げかけた。
「スフェリウス、お願いできますか」
《はいはいお任せ》
 レゼリスにそう伝えてほしいと言外に込めれば、察してすぐにぼやけた声が返ってくる。そのまま任せて、扉の外で控える別の侍従を呼んだ。煩わしくはあるが、失礼に当たらない程度には髪を整えなければならない。今は全て下ろしてしまっているから。
 不意に光るものが視界の端に引っかかった。眼を向ければ、透き通った硝子の窓の外は既に黒い。



 ノックに続いて入ってきたその人がちらと一瞥する眼を向ければ、部屋の隅に控えていた数人の給仕たちが音も立てずに部屋の外へと向かう。扉の閉まる音を待ってから、そうして口を開いたのはフィエリアルだった。
「気が利きますね」
「全員揃って来るなんてそうそうないじゃないです? それに、多少思うところもあるので」
 ちら、と眼をやった相手は同じように視線を向けてくるだけ。フェルは息をついて、そして空いていた長椅子に腰掛けてから改めて長官たちを見やった。今までに四人の長官が別々に来る事はあったが、全員が揃ってというのは珍しい。その意味は想像がついている。
「それで、決まりましたか」
「決定の一歩手前、ってとこだな」
 その即答にフェルは意外そうな表情を作った。もっと紛糾するかとも思ったが。思っているうちにリアファイドは何かを誤魔化すような曖昧な笑いを浮かべる。
「ちょいと神殿……というか、大公からご協力を賜りたいなーと思ってこんな時間に迷惑だという声を押しのけてお邪魔した訳で」
「実際こんな時間に、侍従たちに通していただけるとは思ってませんでしたよ私は」
「急務じゃん?」
「それはそうですがね」
 アルフェリアは頭が痛いと言わんばかりにこめかみを押さえる。フェルは苦笑した。
「侍従たちも、私を仕事に縛り付けておいた方が得なんですよ」
「ええ、主君がすぐに逃げ出すので」
 言えば背後の筆頭侍従が口を挟む。さすがに多少気まずくなったのをやり過ごして、でも、とフェルは彼らを見やった。
「協力といっても私ができることはかなり限定されますが……それに越権を弾劾している立場として、越権はしたくありませんよ、私」
「期待してない。院を脅してほしいだけだ」
「……それが越権だって言ってるんですヴァルディア長官」
 即座に返って来た言葉に、その言葉の選択にはあえて触れずに言い返す。彼は金の眼を向けて来た。
「完全な、ではないだろう、ならやりようはあるのでは?」
「それなら協会の要請で護衛師団動かしてもらった方が早いんですよ、今相手がめんどくさい手使ってきた対応で本当に面倒な手続き進めてる途中で正直今すぐにでも逃げ出したいくらいで」
「騎士たちの苦労も考えてあげてください、フェル」
 アルフェリアのその苦笑にはつん、と顔を背ける。無言のリアファイドがヴァルディアに眼を向けるが、ヴァルディアはそれにはうるさいというように眉根を寄せる。手でその視線を追い払うのを視界の端にしながら、アルフェリアが大公を見やる。
「具体的には、魔法使用の制限解除と交戦区画の限定拡大ですね、主にその二つが狙いです。私はそれで何が起こるのかが完全には理解できていませんが」
「同じく。なんで「五千」の一言だけで意思疎通できてんのかが分かんないんだけどこの二人」
「魔法構築くらい理解してろ」
「俺座学大ッ嫌いなんだって、知ってんだろ。アルだって分かってないみたいだし」
「確信が持てないだけですからそもそも理解しようとしていない輩に連帯感を持ってほしくはありませんね」
「えええええお前抜け駆けッ」
「うっさいです黙れ剣術馬鹿」
「お前に言われたかねえよ!」
「……同じ穴の狢というか類は友を呼ぶというか……」
「仲良き事は美しきですよヴァルディア」
 声が飛び交う。フェルは遠い眼をして、そして賑やかだなぁと思いながら両手を胸の高さに掲げる。ぱん、と一度乾いた音が響いて、そして急激に収まったそこに困ったように笑いかけた。
「とりあえず、一応の結論から聞かせてください」
 この四人が集まると止まらないから困る。フェルが言えば、始終にこやかな様子を崩さないフィエリアルが口を開いた。
「各協会の領域の中で、特に『異種』の多い場所、師団が特定してくれていますね、その巣に周辺の『異種』を集めて一気に、が最も効率的だと思われます。その『異種』を引き寄せる魔法に必要な邪のグラスィア……初期必要魔力、の値が想定で五千、ですね」
 リアファイドが分かるかよ、と小さく呟いた。無理も無い、と思いながらもフェルはその先を促し、フィエリアルも騎士二人には構わず続ける。
「その邪性魔法の効果肥大を防ぐ為の魔装結界術と、短期決戦に臨むため禁忌魔法の使用許可が欲しい、という所ですね。前者は西と北の長官二名、東と南の第一位魔導師の二名、合計四名が。後者が、これが不特定多数になりますから、何をどうしても大公の口添えを頂きたく」
「……本気ですか?」
「冗談で言うと思うか? そういう訳で院を脅してもらいたいわけだ、負傷者は眼を瞑るとしても、先の事を考えれば死者を出す訳にはいかない。その可能性をできる限り減らす為と、……この許可さえ降りれば学院を動かす」
 フェルがそれに他の三人を見やれば、それには全員が首肯してみせた。頭痛がするとばかりに、紫の眼を伏せて額を押さえる。
「……それで、その事を打診した所で私が了承すると思いますか」
「俺らの判断、って言ったのは大公だからな」
「そう言う以外にどうしろと……」
「まあそりゃ分からんでも無いけど。その判断の上だ、協会の意思は決まった、あとはそれを実行できるかできないか」
 こうなる事も半ば予想はしていたが、まさか本当に学院を動かす事になるとは。上げた視線をほんの少し落として、沈黙をかけて思考する。ゆっくりと、口を開いた。
「……学院の何人を?」
「『異種』の数と、詳細な調査による脅威度判定によりますが、学院内順位の上位から各五十から七十。百まで下ると危険と見ますが、これも場合によって変動しますね。もし白黒と上位を動員し高位『異種』の総数を崩せれば良し、脅威度の低い小物であれば実戦訓練の名目でも動かせましょう」
「戦力で換算を」
「学生二人あるいは三人でようやく白黒の一人程度、だな、どこも。学生には、恐らく白黒十人程度を同行させる形になる。……これは学院長としての非でもあるんだが、やっぱり対人訓練が主になってる分、『異種』相手に立ち回れるとは思えない」
 それにはフェルは頷いてみせる。自分にも覚えのある事だ、人を相手にする事と『異種』を相手にする事は全く違う、意識の問題よりも戦闘そのものの勝手が違う。
 だから学院の中だけの経験では、難しいのだ、実戦への投入は。__それを。
「……当然、学生には死者の無い事を前提としていますね?」
「勿論。未来の白黒たちを潰す気はありませんから。……では?」
 問いかけられて息をついた。結局発端や経緯がどうであろうと、この人達は熟考の結果としてここに来ているのだから、止められるはずも無いのだ。
「……分かりました。院を動かしましょう。魔装結界術と禁忌魔法と魔法行使の範囲拡大ですね、ついでに広範殲滅術式も強請っておきますから使ってください」
 背後に控える副官が声を詰めるのが分かったが振り返りはしなかった。長官たちもそれぞれに驚いたような感心したような表情を浮かべて、そして仄かに笑むような息が落ちる。
「……フェル、もしかして本当は無茶苦茶やるの大好きですね?」
「ちょっと違います、他人に無理難題突きつけるのが好きなんです」
 アルフェリアの笑みまじりの声には訂正を入れながら、そこでようやく背後の副官を見やる。レゼリスは仕方なしという眼で笑んでから、承知致しました、と静かに答える。その様子にありありと呆れを浮かべたヴァルディアがその彼を見やる。
「……苦労するな、雪の団長」
「慣れております。雪華は閣下の侍従ですから」
「……どういう意味です」
「日頃から様々な経験をさせていただいております、閣下には感謝を」
 こいつは、と面白げに声を上げたリアファイドには、レゼリスは軽く肩をすくめてみせる。フェルはそれらの反応が納得いかないと言わんばかりに少し乱雑に手を振って、レゼリスはそれを受けて部屋の外へと向かう。それを見送ってフィエリアルがくすりと笑った。
「優秀な副官がおいでだ」
「はい、助かってます、とても」
 事実彼は有能だ。何故神殿で大公の侍従ごときを務めているのかと、大公自身が疑問に思うほどに。そもそも彼を見つけて、彼を中核として侍従を編成したのは宰相だったが、紫銀奉戴を掲げて憚らない宰相が選んだにしてはレゼリスや侍従たちの性情は穏和にすぎる風すらある。そこになんらかの含意を感じないでもないが、その侍従の存在のおかげで神殿が他の機関と対等に渡り合えているのは事実だ。正式に雪華が侍従として編成されて、七年が経つ。
「……完全に代行を任せるのは、初めての事なんですけど」
 言うと、三対の視線が一方を向いて、集まった先の金色が細められる。フェルはあえてそちらに眼を向けずにひっそりと視線を下へと向けた。睨まれているのが分かる。
「……」
「……一応言っときますけど、巻き込まないでくださいよ、長官。私のせいじゃないですし」
「ああ、喜べ。現状この件で動かせるのがお前らくらいしか居ない。これがお前の査定任務だ」
「思いっきり私情じゃないですかそれ!?」
 思わず眼を見張って身を乗り出した。リアファイドが膝の上に頬杖をついて御愁傷様と呟くのに彼を睨みつけているとヴァルディアの声が続いて聞こえた。
「黒服の上位が既に出払ってる。残ってるのがセオラス程度、お前も新人とはいえ正式に任命されてる、あとは実力による配置だなんら問題は無い」
「疲れてますねヴァルディア長官?」
「否定はしないが、協会で書類ばかりに追われるよりは疲労は感じない、判断が鈍る程ではないな」
 これだから有能な人間というのは、とは声にならない。フィエリアルをちらと見やれば唯一止めてくれそうな望みを抱えた彼はほのぼのとした空気を纏って紅茶のカップを傾けていた。その様子に一気に脱力して、フェルは長椅子の上で顔を覆って背を丸めた。頭を抱えなかったのは、そうすれば結い上げられた髪に飾られた生花が崩れてしまうからだった。更に無責任な優しい声が降り掛かる。
「がんばってくださいフェル。応援はしてますから」
「……止めてくださいよアル長官……」
「他の協会の運営には関わらない主義なんです」
 投げ出された。フェルは更に項垂れる。泣きたい、という呟きには、ようやくフィエリアルが小さく笑った。
「大丈夫ですよ。確かに協会としては学院を巻き込むという前代未聞の大仕事ですが、だからといって失敗する為に行うでも無し、死ぬ為に出るでも無し。全力であれば良いだけです」
「それはわかりますけど……」
「何事も経験です。とにかく、やってみなさい」
 彼に言われると何も言えなくなるのは何故だろうかと、そう思う。思いながらも何となく腑に落ちない気持ちを抱えたまま、フェルはその言葉に頷き返した。




__________



back   main   next


Copyright (C) 雪見奏 All Rights Reserved.