思わず足が止まる。造られた空の下、それよりも濃く透き通る蒼の光を纏う巨大な姿に、零れた。
「『蒼樹』……」
 蒼い大樹。空の色をそのまま被せたような幹の上に、翠とも蒼とも言えない葉の群れが大きく張り出すように広がっている。全てを視界に収める事も難しいほどの、巨大な姿。
「蒼樹の街って、これが理由じゃないかって言う人もいるんだよねえ」
 横の声にフェルはシュネリアを見上げて、そうしてからもう一度それを見上げる。風がないからだろう、さわりとも葉の擦れる音は聞こえて来ない。市場と言っても時間の所為だろう、人もまばらで、静かな空間に思える中、その中央に広がった蒼。生い茂ったその周囲には、蛍のような燐光が無数に浮かび、流れている。精霊だろうかと思っている間に視界の端で別の蒼が揺れた。
「あの樹、協会の真下にあるんだけど、確かこの辺りに協会から直接下りて来れるところあったと思うよ」
「……そう、なんです?」
「うん。南側、じゃなかったかな。ちょうど大通りに下りれるようなとこ」
 だとすれば、南棟からだろうか。協会の中もまだ端々まで歩いてみた事は無いから、具体的な位置など全く見当も付かないが。フェルは何度目か大樹を見上げながら、不意に首を傾げる。脳裏にぼんやりと、浮かぶもの。
「……どうかした?」
「……いえ……」
 ――どこかで見たような気がする。幹には彫り込んだような凹凸が大きく婉曲して浮かんでいるが、かといって歪んだようには見えない。距離感が狂いそうなほどに太いその幹からはやはり太い枝が張り出して、蒼は屋根のような傾斜を描きながら低く広く、あるいは垂れ落ちるようにも見える。ぐるりと辺りを見渡してみれば、どうやらこの市場自体が協会の敷地の下なのだろう、他とは違って空の真下に透かし細工の施された金属の屋根があって、市場の外周にはしっかりとした煉瓦と組み石の壁が見えた。ここだけ見れば、どこかの屋敷の中庭だ。
「……これ、って、他の協会の街にもあったりするんです?」
「……どうだろう。でもあるんじゃないかな」
 北は紫の樹なのかなあとシュネリアは口元に手を当てる。少し考えるようにしたあとに、そうだ、と小さく声を零してフェルを見やった。
「この市場に色んなのが集まってるから、この場所なら大抵の事出来ると思うんだけど」
 言いながらのシュネリアに手を引かれて、フェルは素直にそれについていく。市場の端を辿るように、恐らく協会の城壁がそのまま下に伸びてきているのだろう煉瓦の壁を背にした店先の庇を掠めながら歩いて、シュネリアは一つの建物を指差す。
「あそこに本屋があるのと、その隣にある大きなのが郵便所。手紙とかは協会に運んでるのかもだけど、配達の方は纏まった数来てから運ぶから、急ぎの時とかは直接来ちゃった方が早いかもなぁ。本屋の方は、装丁とか破けたのの修理とか、あと写本とかも頼めるから、時間無くて自分じゃ無理って時は良いんじゃないかな」
「本屋……」
 ちょっと気になる、と胸中に呟きながらフェルはそれを見やった。示された建物の、飴色をした木の扉の上には看板が付いていて、窓には薄いカーテンが引かれているのが見える。
「本屋自体はいくつかあるんだけど、あそこは働いてる、というか、やってる人が本好きだから、そういう意味だと安心かな。裏に回ると印刷屋もあるし、それで時々製本からやってるみたい」
「……知り合い、です?」
「です」
 何となくそんな口振りだと思って彼女に向かって問いかければ、にし、と笑みが返ってくる。色んな人がいる、とフェルが当然の事をぼんやりと思いながらもう一度眼を向けたと同時、そこに見慣れた色を見つけてあれ、と声を零した。背の高い青。
 そちらに踏み出そうとした瞬間に足元に何かが掠める。思わず反射で出しかけた足を引いて、間髪入れずに胸元に軽い衝撃、投げ渡されたようなそれを慌てて腕で抱えればきゅると鳴く音、横からは驚愕の声。
「えっ、ちょっ、犬、なに!?」
「えっ、なんっ、コウ……!?」
 声が被った。シュネリアが名を呼んだフェルを見てえ、と声を零してフェルがあ、と呻いた。僅かな硬直、そこに声。
「……フェル? こっちに来てたのか」
 眼を上げれば青翠。クロウィルは脇に何かの箱を抱えていて、そして左手を伸ばしてフェルの腕の中でごろごろと喉を鳴らしながら丸まろうとするコウの後ろ首を掴んで無造作に持ち上げた。眼を白黒させているフェルとシュネリアの前で、潰れたような鳴き声と共に四肢と翼をばたつかせるそれに向かって彼は軽く眼を細めてみせた。
「勝手に離れるなって言っただろコウ。次やったら繋ぐからな」
 途端に抵抗が止む。それを見てからクロウィルは耳と翼を力無く垂らした鋼をフェルの腕の中に戻した。フェルはそれと彼とを交互に見やる。力関係が。
「い、いつのまに」
「ちょっとな、この前格闘して勝った。そっちは? 知り合い?」
 格闘って竜相手に何したんだこの騎士。思ったそれを声にする前に問いかけられて、追いつかないままにフェルはええと、とシュネリアを見やる。フェル以上に追いつけていないシュネリアは何も言えないまま二人ともう一つへと交互に視線を向けていて、その様子にクロウィルが苦笑する。
「使い魔みたいなもんでな、フェルと仲良いんだあいつ。クロウィル・ラウラスだ、よろしく」
「あ、ど、どうも、シュネリア=カテイアルです」
 荷物を持ち替えて右手を差し出しながら言った彼に、応えながらシュネリアが名告り返す。フェルはそれを見ながら、ええと、と言葉を探し、シュネリアに向かってクロウィルを示して口を開いた。
「協会の白です、私より先輩の」
 途端にシュネリアはうお、と小さく歓声のような呻き声のような声を零した。フェルは次はクロウィルを向いて、シュネリアを指す。
「えっと、で、警備隊の方です、買い物の途中で会って、こっち案内してもらってて」
「ああ、成程。悪いな、こっちの案内なんて」
「ああいや、私が言い出した事だし、悪いとかは全然!」
「そうか? なら良かった」
 クロウィルはシュネリアのその否定にはからりと笑って返す。それにシュネリアが眼を瞬くのと同時、フェルはそれを見て、ああ、と内心に声を落とした。腕の中でコウが小さく鳴くのが聞こえて頭を撫でてやりながら、ほんの僅か視線を外す。
 ――外向きの顔してる。小さく思う。護衛として姿を見せ、貴族やらなにやらとの会話に巻き込まれた時の顔だ。特に何を繕っているでもなくだろうが、あまり、と思う。思っている間に後ろから足音が近付いてくるのが聞こえて、それで振り返ればエクサとセオラスの二人だった。眼が合って、エクサが言う。
「……増えてるな」
「ああ……なんだ、それでか」
 クロウィルの納得したような声。護衛がいない事には気付いていただろう、それに頷いて返したエクサと、対してセオラスはシュネリアの方を向いて口を開いた。
「伝言、地下隊長から。辞令があるから戻って来い、だとさ」
「うええー……私今日もう上がったのに」
「理由は直接聞いてくれ、俺伝言頼まれただけだし」
「あーうーどうせ素直に帰ってないだろって見透かされてる気……えー、と、したらごめんフェルちゃん、今日はここまでになっちゃって」
「あ、いえ、有り難うございます、色々教えてもらって」
 向けられた藍色の眼には慌てて頭を下げる。たぶん一人でこのあたりをというのは、地上よりも余程難しかっただろうから、案内をしてくれたのはとても大きい。じゃあまた今度ね、と、彼女は軽く手を振って掛け去っていく。別れる時にあっさりとしたふうなのは、どうやらどの街でも同じようだ。思いながら見送る、その上の方からの声。
「……で、何で離れてたんだよお前ら」
 クロウィルが言う。見上げれば、どうやらセオラス達に言っているらしい。フェルがそれでそちらを見ればいつものようにからりと笑ったセオラスの顔。
「言うなよ、護衛が要らないって判断したのはお前の隊の隊長だろ?」
「判断基準になったのはお前だろ魔導師二位、ついでに十五位」
「ついでというのは酷くないか、クロウィル」
 エクサが苦笑しながら軽い抗議を向けるが、クロウィルは眉根を寄せたまま溜め息を吐き出すだけだ。その事については、甘えていた自分も自分だからとフェルは何も言えないまま、しかし不意に思い至ってセオラスを見上げる。気付いて見返して来た彼に、首を傾げてみせる。
「どうした?」
「セオラスさんって二位なんです?」
「二位なんです」
 協会の中にも序列がある、とは、入ってから知った事だった。所属となってから一年経たないと判定試験が課されないために、フェルは今は欄外だが。
「エクサが十五位。今協会にいるのが、黒は四百いないくらいか、だからわりかし上位だな」
「……一位って、長官、ですよね」
「だな」
 フェルはクロウィルを見上げる。翠の眼は一度噛み合って、ついで彼を向いて、そして騎士は嘆息した。
「……残念ながらな」
「……なあ、だからさ、お前俺に何か恨みでもあるの? お前に恨まれるような事した覚えないぞ俺?」
「気に食わないんだよ、なんかこう、態度とか言動とか」
 クロウィルは言いながら、だが視線は横へと流れていく。僅かに沈黙、そしてセオラスの眼はフェルを向いて、それに思わずフェルは鋼を抱きしめた。同じく抱えた紙で包まれた小さな荷物がくしゃりと音を立てる。
「……フェル」
「えっ、の、……わ、私に振らないで下さい……」
「……わかった。お前らそーゆーんで俺の事見てんだな」
「ああ、あのっ、でも、私セオラスさんがとか見たこと無いですしその想像がつかないというかっ!」
 静かな眼で言われて慌てて弁解する。エクサの軽く笑う声。そちらを見れば、セオラスの肩を叩いた彼が軽く首を振ってみせた。
「フェル、落ち着け、遊んでるだけだからなこいつ」
「え、あ、えっ」
「セオラスも、そろそろ本気にしかねない相手にそういうことするのやめておけ」
「えーだって面白いし」
 途端にがらりと声音が変わる。フェルはその変貌に眼を瞬いて、一転眉尻の下がり切った顔でクロウィルを見上げてそのコートの端を引っ張った。溜め息。
「無視していいからな、フェル」
「え、で、でも……」
「こいつが真面目な話する事なんてそうそう無いから」
 頭に手が乗せられる。軽く撫でるようにされて何とも言えなくなった。何となくそんなように思えてしまうのは、なんなのか。
「んーでも俺強いは強いぞ? 国内の魔導師の中でもわりあいトップの方にいるとは思うし」
「まあ、そうだな。長官が勝てるかどうか分からないと公言するのは、あとは他の長官くらいだろうし」
 エクサのそれには、顔を上げたフェルは首を傾ける。あの人がそういうことを言うのだろうかと疑念が湧いて出る。だが長官、と、そう思って思い至ったのは別のものだった。少し迷った結果、エクサを見やる。
「長官、は、会いませんでした? 私途中で別れちゃったんですけど……」
「ああ、地下の警備隊の隊長と何か話していたらしいな。そのまま何か調整があるとかで、すぐに戻ると言っていた。フェルも、調合の時間は平気なのか?」
「あ、はい、私は。準備とか、そういうのだけは先に全部出来てるので、夜のうちに醸造しておけば、明日の朝には」
「そうか、なら良かった。最近ずっと訓練で籠りきりだっただろうから、今のうちにちゃんと外の空気楽しんでおくようにな」
 言ったエクサの手が伸びて来て頭を撫でられる。少し気恥ずかしいような気がするのと反面、訓練の言葉には申し訳ないような気持ちも浮かんで来る。前に言われた通り、ではあるのだろうけれど。自然、苦笑めいた表情になった。
「……すみません」
「気にするな。元々新人は、半年程度はそれぞれ訓練が課されているから任務から離れる事も多いし、それについては誰も何も言わないだろう?」
「そうそう。皆入ってしばらくはそんな感じだからな」
「……そう、なんです?」
 セオラスが続けたそれを聞いて、クロウィルを見上げる。彼は軽く肩をすくめてみせた。そうなのか、と眼を落とす。セオラスが首を傾げる。
「気になるか?」
「……ちょっと……」
「まあ気持ちは分からんでも無いけどなー。協会は入って来たばっかりの連中って、対人やってても対『異種』やってたって騎士も魔導師も少ないだろ、だからどうしたって訓練は必要なんだよな。長官も白黒も、新人には出来るだけ長く居て欲しいから時間掛けるわけで。かかって良いんだよ、さぼってるんじゃないってのは見てりゃわかるんだから」
 背中を軽く、促すように叩かれる。頷いたところでセオラスがクロウィルを見やるのが見えた。
「で、そっちはどうしたんだ、コウ連れ出して」
「ああ、いや、こいつは出てくる前に会ったからってだけ。俺は部品とか頼んでたやつの受け取り」
 言いながら脇に抱えていた大きな箱を軽く叩いてみせる。フェルが首を傾げて、対してセオラスは納得したような声を零した。
「ああ。何作ってんの?」
「作ってるってか、色々改造したくてな。あ、だから任務中に何回か実験するけど、その時は自分の身は自分で守れよ?」
「……騎士の台詞かそれ」
「二位っていう実力に対する信頼」
「棒読み」
「言ってるだけ良いだろ、予告したわけだし。……ああ、そうだ、フェル急いでないなら、ちょっとあちこち覗いてみるか」
「え、……良いんです?」
「まだ幾つか用事あるしな。二人はどうする?」
「いや、お前が来たなら良いだろう、戻るさ」
「だ、な。ああでも、一応あんま遅くはならんようになー危ないからな、フェル」
「あ、はい、気をつけます。有り難うございました、急だったのに、色々」
 頭を下げたフェルに、二人は軽く手を振るようにして踵を返す。大丈夫だっただろうかと思っているうちにコウが小さく鳴き声を上げて、その頭を撫でた。その鋼が肩に移動するのを支えながら、あ、と思い出してクロウィルを見やる。
「そういえば」
「うん?」
「今日任務だったんじゃないんです?」
「……ああ。うん、今日は休み。ちょっと色々確認とか調整とかしてたのと、それ終わって帰って来てもまだ時間ありそうだから出て来た。ずっと部屋に閉じこもってるのも調子狂うしな」
「あー……なんか身体少しでも動かさないと変な感じしますよね……」
「なんだよなあ……絶対弊害だって」
「任務で動いてるのがいつもですもんねえ。……どこ行くんです?」
「ん、手紙の受け取りと、あと装備の調整頼んでたからな、それ。ちょっと歩くけど平気か?」
「大丈夫です。クロウィルのが荷物大変じゃないです?」
「平気、重くもないしな」
 行くか、と示されて、それで彼のすぐ横について、彼の袖を握って足を踏み出す。先程教えられたばかりの郵便所だ。大きな扉は開け放たれていて、どうやら大勢が出入りしているようだった。
「……たくさんいますね」
「昨日あたりに隊商が来たり出発したらしいから、預けてた荷物がどうなったかとか届いた物が無いかとか確認しに来たんだろうな」
 首を傾げる。クロウィルはその様子にか小さく笑った。広い市場の中央、馬車が幾つも立ち並んで輪を描いているらしいそこを見やる。
「別の街とか村に手紙やら荷物やら届ける時って、大概が隊商とかあちこちを回ってる商人とかに預けるんだよ。幾らか依頼料渡して、どこそこの誰それに渡してくれ、って。大きな街だと、そういう風に隊商とかに預けられた手紙とかをこういう郵便所とかに集めて、いちいち隊商の誰かが聞いて回ったりとかしなくて良いようになってるな」
「へえ……」
「だから手紙一つ届けるのも結構時間かかったりするもんなんだけどな、普通は。鷹とか使う人もいるけど……あれ、長官とかそうだろ、確か」
「です。ヴァルディア様の手紙は鳥が運んでくれてました」
「ああいうのも何日かかかったりはするけど……でも段違いだよなぁ」
「魔法で届けたりも出来ますけど、全部の人がってわけにはいかないですしね……」
「だな。街の外に出る人がまず少ないしってなると、やっぱり難しいよな」
 仕方ない事だけどと、言いながら開け放たれたままの扉を潜る。郵便所、と看板の掛けられたその中は広く、あちこちでざわざわと賑やかな空気で満ちていた。肩がぶつかりそうになるほどの混雑ではないのにはほっとしつつ、窓口の方へと向かうその後についていく。カウンターの向こうに座った一人はすぐにこちらに気付いて、そして鷹揚に片手を上げた。
「や。久々だね」
「悪い、暇が無かった。何人か分纏めて貰って行きたいんだけど」
「構わないよ。書いてくれるかな、それで探すから。……そっちの子は、初めましてかな?」
 見知った仲なのかと思っている間にカウンターの向こう側の男性の眼がこちらを向いて、思わず身構えそうになったのを押し止めて会釈を返す。クロウィルが渡された万年筆で何かを書きながら口を開いた。
「最近協会に入ったばかりで、案内中。地下に来たのは初めてだな」
「ああ、そうか。よろしく、協会関連の荷物は私が一括して管理してるから、何かが届くとか、手紙を出したいとかがあったらここにおいで」
「あ、はい」
 向けられたそれには頷き返す。書き終えたらしいクロウィルが小さいその紙をその彼に渡して、それで男性は少し待っておいで、と言い残して奥の方、棚の間に消えていく。見てみれば、どうやら何人もが棚の間を行き来したり、奥から何かを運び出しているようだった。
「協会の所属者って多いだろ、白黒だけでも」
「です、よね。街の外からの人も多いみたいですし……というか、ほとんどです?」
「だな。俺らだってそうだろ? 実家は、俺は南だし、フェルは中央だし。フィレンスは東だし……この街の出身で蒼樹の白黒って、実はそんなに多くないと思うんだよな」
 学院だってあちこちから集まってくるんだし、と続いたそれには、確かにそうだと納得が落ちる。であればと、立ち並ぶ棚を見やるうちに彼の声は続いていく。
「で、そうすると中々会えないだろ、だから協会関係って手紙やら何やら、結構多いらしいんだよな。店を持ってたりって時は、依頼の手紙が届いたりするらしいけど……基本、普通に暮らしてる分には移住とかしないわけだし、そうなると手紙とかの必要もあんまりないしな。読み書き出来ない人の方がまだ多いっていうのもあるだろうけど」
 それだと連絡手段も無い事になるしな、と、棚の間を行き来する人々を見やりながら彼は言う。文字が書けて読める事は、この国ではまだ当然の事ではない。子供は早い時期から親の手伝いを始める、親もそれを期待している。だから読み書きや計算を教える幼年学校も、それが無償であっても、そこに通う子供は限られてしまう。
「見つかったよ。君にはいつも通り大量にね、クロウィル」
「うっわ……嬉しくない……」
 考え込んでいるうちに荷物を抱えた彼が戻って来る。いくつかの束に束ねられた手紙が、順にカウンターの上に置かれていく。
「クロウィル・ラウラス宛に手紙が二十七、フィレンス・シュオリナとラシエナ=アイラーン宛に三、サーザジェイル・ラクト=エジャルエーレ宛が手紙が二つと荷が一つ」
 挙げられた最後の名に、フェルは思わず眼を瞬いた。




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