こそこそと様子を伺っていた何人かが急に忙しなく呼び合っているのには他の面々もすぐに気付いたらしかった。騒めきに遅れまいと何人もが窓際に駆け込んで外の様子に眼を凝らす。
「来た」
「あーやっぱり昨日と同じ人……」
「今日やるのって残り半分だろ? なら俺らは自習か」
「ちゃんと話聞いてたかお前、全組五回ずつだよ」
「げ」
「あれ、でもなんか増えてない、一人」
「ほんとだ。どっち? 騎士?」
「いや、魔導師じゃないか?」
 言い合いながら、視線は窓の外を探ったまま。自然と面々が集まって自習自学に使い始めた空き教室は、今も特別な緊張感に包まれていた。
「あー……これで成績に影響するとか無いと良いけど」
「ありそうだよな。最前線の白黒との、ってあんま無いし」
「ってかなんで教授が評価者じゃないんだよ、一応でも訓練だろ、五日後のって」
「『一応』だからだろ。……魔導師っぽいな三人目、髪も見えないけど……」
 見覚えのある二人の後について歩いている三人目はフードを目深に被っていて、袖を通していないコートに隠されて命色も見えない。かろうじて黒い衣装が見える、と何人かが同意の声を零したときに、不意にその人がこちらを見上げたような気がした。



「……?」
『あそこに何人か居るな』
 なんとなく視線が浮いて一つの建物を見上げれば、腕の中でコウがそう声を上げた。
「? そうです?」
『監視やら、嫌なものではないから、安全だとは思う』
 ならやはり黒が目立つのだろうか、と、一歩先を歩くセオラスを見やる。明らかに協会の『黒服』と判る姿、黒い大きく長いローブに数々の装飾を嫌味なく飾っていて、それを乱雑に着崩しているからあまりしっかりとした印象は無いのだが。自分のほうは外套が大きくほとんど黒い部分が隠れてしまうから、一見しても協会の人間には見えない、とフィレンスが小さく言っていたのを覚えている。
 門の内側は綺麗に整えられていて、建物に向かっては地面に煉瓦が敷かれ道が出来ていた。木が植えられたあちこちは雪掻きの結果なのだろう、白い山が影の下に積み上げられている。きょろきょろと見渡しながらそうして眺めていると、唐突に蒼い頭が振り返った。
「そいや、お前ら、急だけど大丈夫か色々と」
「色々……あ、はい、たぶん」
 何の事かと一瞬訊きかけて、すぐに思い至って言い直す。白黒として動くのであれば相応の動き方がありそれに双方が合わせなくてはならない、その事だろうと思って返せば、クロウィルもすぐに眼を向けて言った。
「一応紫旗基準での少数行動の及第は取ってるから、問題無いと思うけど。実際に『異種』とってのは無いけどな」
「……なぁ紫銀って紫旗に護られる方だよな? 鍛えられる方じゃないよな?」
「み、身近に居る先達が紫旗だったんですよ……」
 遠回しに何やってるんだという胡乱な眼を向けられてフェルは慌てて言い訳を口に上らせた。実際にそうだったのだ、医術師に魔導師にと思えば最適な解答がすぐ近くに居たのだから。
「というか、それこそ紫旗から『護衛がある程度必要無いって証明が無い限り協会なんか行かせるか』って息巻いてまるで地獄の詰め込み訓練をしてくれたので鍛えられたのは事実なんですけど、こう、勢いがなんか別で」
「なんでそこで教えちゃったのお前ら」
「……大人しく深窓の姫してるよりもそれなりに身体動かしてたほうが健康的だとは思う」
 煉瓦を踏んで歩きながらのクロウィルの声。門を潜ってもまだ建物には距離があって、その中で黒服の呆れ声が聞こえた。
「危険度って基準は無いの藍色」
「最初こそ剣で行き詰まってたからちょっと油断してたんだよ」
 言い合うその言葉に眼を瞬かせたセオラスの視線を受けて、クロウィルはあれ、と呟いた。フェルと眼を見交わして首を傾げる。
「……言ってなかったか?」
「……ような、言ったような……? えと、私最初は剣の方の訓練させてもらってたんです」
 セオラスを向いてフェルが言えば、向き合った青の瞳は声無く意外だ、と浮かべる。フェルはそれを見て苦笑した。
「それこそ、すぐ行き詰まって結局魔法だけになったんですけど」
「へぇ……最初から魔法かと思ってたぞ。前時間かかったってのは聞いてたからな、魔法の方でって」
「始めた時期は同じなんです。それで、ですね」
 やっと教務の建物の足元に着いて、見上げれば何階にも重なった高い白い壁に幾つもの窓が見える。開いてくれた扉を潜れば、中は木調の落ち着いた雰囲気をしたエントランスだった。真っ直ぐに奥に伸びた廊下と、目の前で左右に横断する廊下には幾つか扉が見えた。後ろで扉を閉めたクロウィルが肩を軽く押してくれながら、奥へと向かう廊下に足を向ける。
「四階までが事務室とか資料室とか。その上が教授の研究室な」
「……行く、とか、言いませんよね?」
「今日用がある控え室は一階だからここだな」
 突き当たりの左側、と指差してくれながらのその脇をくっついて歩いて、なんとなく白いクロークの端を小さく握りながら廊下を見渡した。
 殺風景に見えるが、時間をかけて作り上げられた独特の空気がある。神殿のような、必要なもの以外は排除するものではない。
 廊下は短く、すぐに目的の扉の前に辿り着いて白服が軽く扉を叩いてからすぐに把手を握って開いてしまう。見上げた先のセオラスに背を押されて、それで白服のすぐ後を追って部屋に足を踏み入れた。落ち着いた燕脂一色の絨毯に、奥が見通せないようにか衝立で視界は仕切られている。何か香ばしいような匂いがする、とフェルが疑問符を浮かべているうちに、クロウィルはその衝立の奥に声を向けていた。
「オルエ先生、少し早いですが」
「ああ、来てくれたか。こちらに、少し手が離せなくてな」
 声が返ってきたのは向けた先、衝立を二つほど越えた先。こっちに、とクロウィルが手招くのには素直に後について絨毯を踏んで奥へと進めば、背の低い本棚やテーブルを挟んで向かい合わせになった椅子が幾つか。その奥のもう一つの衝立の向こう側にはソファが並んでいて、そこに男性が一人腰掛けていた。何かの書類から上向いた眼が、すぐにフェルを見つけて、そして彼は、おや、と声を零した。
「見知らぬ人が一人」
「今年入った新人です」
 どこか面白がるような声音のそれにフェルが眼を瞬かせているうちにクロウィルが答えてしまう。振り返ってフェルの軽く肩を押すようにしながら彼は続けた。
「学院に顔出したこと無かったし、今度はこっちで編成に入ってるので丁度かと」
「なるほど。連行されたか」
 言って立ち上がり、初老らしい白いものが混じった髪を丁寧に整えた彼はこちらへ、と三人にソファを示してくれる。白の手に押し出されるように二歩ほど踏み出したフェルが何も言えないままぎくしゃくと見上げれば、オルエと呼ばれた教師は柔らかく笑んだ。
「緊張せずとも学生でもない黒服を叱りはせんから、安心して欲しい。副学長のオルエ=トーラディアだ、宜しく頼む、新しい黒」
 言って皺の右手が差し出される。芯の通った、だが耳に硬すぎない練れた声音になんとなくほっとして、それで同じように右手を差し出して軽く握り合う。
「サーザジェイル・ラクト=エジャルエーレです。宜しくお願いします」
「うん。まだ時間までは少し暇がある、確認しておきたい事もあるからひとまずは座っていなさい。そちらの二人もな」
「了解」
 セオラスがいつも通りに答えて、それぞれ一人掛けに腰を下ろす。オルエは少し、と断って更に奥の衝立の向こうに消えてしまって、それで自然と深い息が漏れた。クロウィルの声。
「怖いところじゃないだろ?」
「まだちょっと、わからないですけど……でも、思ってたよりは」
「警戒するよなフェルって、結構な程度で。やっぱ慣れてない?」
「新しい所に行く、って、あんまりなくって……」
 なんとなく声を落としながら、セオラスが言うのにはそう返す。膝に抱えられて一言も上げない、おそらくは察して抑えてくれているのだろうコウが首を伸ばして首元に頭を擦り付けてくれるのには暖かくなって、抱き寄せるように撫でる。不意に衝立の奥で硝子同士がぶつかるような音が響いて、クロウィルがすぐに立ち上がってそちらを覗き込み、消えていく。
 どうしたのだろう、と首を傾げたフェルを見て、セオラスははたと顔を上げた。気付いたフェルに、身を乗り出して声を潜める。
「……フェル、名前って」
「あ、そういう事になってます。でも呼び名、というか、通称、なので、どっちでも」
「そう?」
「『サーザジェイル』は貰い名なので」
 言えば、そっかと頷いた彼はソファに元通りに座り直す。後援や養子縁組で義理の親子関係やそれに準ずるものを結んだ場合には新しく名を贈られるのが通例で、古い名が通称という形で残る場合も多い。『ラクト』は援助される者が名乗るものだから、食い違っても問題はないだろう。クロウィルやフィレンスは慣れているから良いが、白黒までに呼び換えを強いるつもりは無かった。
「しかし、噂には聞いていたが、こうも早くに若年記録が更新されるとはな」
 声に眼を上げれば、マグカップを両手に持った二人が戻ってくるところだった。副学長が差し出してくれたそれを受け取りながら、フェルは自分を指しての言葉だろうそれに疑問符を浮かべる。
「有難うございます。……あの、噂って……?」
「十年前と、四年、三年前に、協会には成年したとはいえ若年の魔導師も騎士も入っていたが」
 ソファに座ったオルエの視線は、言いながらクロウィルの方をちらと見やる。そういえばクロウィルも協会に入ったのは十五か十六の時だったかとそれで思い返しているうちに、副学長の視線は砂色のフードを被ったままのそこに向けられていた。
「成年もしていない、しかも女子が入るとは、誰も思っていなかったようでな。元々協会との繋がりも深いここには、前々から噂も伝わっていたが」
「えっ」
 何故知られているのか、と慌ててクロウィルを見やれば肩をすくめるだけ。セオラスも笑っていて、オルエもどこか楽しげだった。
「色を見せてもらっても良いか。名と共によくよく、覚えておきたい」
 言われて僅かに言葉に詰まった。だがずっとこのままでも居られないのはそうだろうとすぐに思い至って、それでマグカップを傾けてしまわないようにとは気を付けながら片手を持ち上げる。風で舞い上がってしまわないよう、重しのために付けていた房飾りが引っかかってしまわないように、コートのフードを肩を落とした。
 銀には青や翠の糸で刺繍された髪帯が編み込まれ、複雑に絡んで丁寧に結われている。指南に難を覚えたらしいクウェリスがやってくれたそれを片手で確かめるように一度押さえて、今は紅に変じた瞳で、遮るものも隠すものも無い視線を向け直せば、オルエはどこか納得したような表情を浮かばせた。
「……なるほど。やはり貴色か」
「最近は減ってるって聞くな、紫も銀も」
 カップを傾けながらセオラスが言う。オルエは視線を向けて頷いた。
「そう、街の子供にも、学生にも少なくなっている。金や藍もそうだな、今年は銀を含めても三人も入らなかった。平色で有能な者が増えたと言うべきかもしれないが。……奇異の眼も多かろうが、呆れずに見てやってくれると助かる」
 気遣うような言葉と視線には、頷き返すだけに留める。銀はそういうものだ、色に関係なくあらゆる場所から人が集まってくる場所だからこそ、オルエも教師たちもよく知っているのだろう。思っているうちにその彼の視線は和らいで、そして渡された白いマグカップを示された。
「冷めてしまう前に飲みなさい。暖めた空気は流していても、どうにも底冷えがするからな、ここは」
「あ、はい」
 ありがとうございます、とはもう一度言って、それからようやくカップの中を覗き込み、紅は疑問符を浮かべた。黒い水面、紅茶のような透き通ったところはなく、そしてこの部屋に足を踏み入れた瞬間の匂いと良く似た香りが立っている。
 見ればクロウィルもセオラスも普通に口に運んでいた。香ばしいような、麦よりもずっと濃い匂い。揺らめく黒を見たコウが見上げてくるのに気付いてすぐにカップをそちらに寄せれば、ふんふんと鼻を鳴らして匂いを検分してから、舌先が水面の黒を僅かに攫う。
 瞬間、音を立てて鋼色が毛を逆立てるのを見てフェルは肩を跳ね上げて、様子を伺っていたらしいオルエがくつくつと喉の奥で笑う声が聞こえた。
「ああ、苦かったか」
「わぁ……あれ体積二倍とかになってんじゃねえの?」
「そこじゃないだろ……」
 オルエとセオラス、クロウィルが順繰りに言ううちにしんなりと萎んだ鋼色は黒い衣装の胸元にしなだれ掛かるように身体を預けていた。翼も力を失って垂れているのを何事かと見下ろしたフェルは、両手で支えたマグカップを見、無言を貫きながらも完全に味覚に負けたらしい『竜』を見て、そしてそろそろと注意深く、口元に持ち上げたカップを傾けた。
 口に入った瞬間に香りが強くなる。それには一度なんともない、むしろと、そう思いかけて、次の瞬間に襲いかかったものに慌てて黒い液体を喉の奥に押し込んで飲み下す。口の中で舌にすら力が入って、まるで全ての水分を絞る取るようにしながら瞳には薄く涙が浮かんだ。
「――に、がい……!!」
 絞り出すように一言ようやく口にすれば、横で明るく笑う声。オルエは膝に腕を突きながら、その反応も予想していたのかやはりと言った。
「最初は、そうなるか。砂糖は多めにしたのだがな」
「な、ん、ですか、これ……!?」
「南のものでな、珈琲だ、あまり見ないだろう? どうしてかこの学院の教務科にはこれしか常備されていなくてな、紅茶よりも値は張るのだが」
 舌の上に苦味が染み付いてしまっているかのようだと、フェルはぐったりとしたコウを抱えながら黒い液体を見下ろす。セオラスの声が別の方向から向けられた。
「でも慣れると美味しいんだよなぁ。最初は牛乳とかで埋めると良いんだけど」
「ふむ。次はそうしてみるか。なに、嫌味ではない、本当にこれしか無いのだよ、此処には」
「それは、……疑いませんが」
 見直した方が、と言いかけた言葉は飲み込んで別のものと摩り替える。香りは好みなのにとフェルが低いテーブルにそのカップを据えて置き去りにしたところで、一口を飲み下したオルエがさて、と声を上げた。
「今日も昨日と同じように、準備時間の自習を訓練とその評価に充てる。監督には私が立ち会うが、基本は自由にしてくれて構わない」
「了解、まあ昨日と同じかね、俺とフェルが交代ってのと、フェルが初めてだからそこはちょっと手間取るかもだけど」
「お、お手数お掛けします……」
「いや、気にしないさ。早めに慣れてくれれば、こちらとしてもやりやすい。クロウィルは、連日になるが、大丈夫なのか」
「俺の方は全然。……ただちょっと生徒に対して冷静で居られる自信がないですね、努力はしますが」
「怒られるのであれば学生に非があろうな、そうしてもらえるうちが華だ、それも含めて自由にしてくれ」
 オルエが言うそれには、そういうものなのだろうかとフェルは小さく疑問符を浮かべながらも、口元をさすりながら声は挟まない。セオラスがテーブルの上、オルエの目の前に置かれた資料らしきものに眼を向けた。
「そっちは?」
「ああ、現状確認されている『異種』の種類がどの程度か、協会の方に頼んで調査してもらってな。その結果だ、そちらはまだ見ていないかもしれないな、今朝に届いたものだ」
「見ても?」
「勿論だとも。さあ」
 言いながら、拾い上げた書類の束をセオラスに差し出す。受け取った蒼青が素早く眼を通して、そして剣呑な表情に変わっていくのを見てクロウィルが副学長を見れば、初老の彼も重く頷いて返した。
「急にはなろうが、多少の処置の変化もあるだろうな。案外と、結果を見るのであれば白服と黒服が多数集まってくれる場があって助かった、というところやも知れん」
「囲い込みももう八割終わってるしな……うーん、怖いなぁ」
「然程でも無かろう、十二法師には」
「いやいや俺自身じゃなくてね」
「学生も、生き延びるくらいの能はあるよう躾けてきたさ。あとは余計な自尊心が邪魔をしなければ尚良いが」
 言う言葉の最後にちらと眼を向けられて、フェルは今度は分かりやすく首を傾けた。どういう意味だろうかと問い掛ける前に、クロウィルの声。
「既に、って所もあるように思いますけど」
「そこは指導の手並みだな、不足は後でこちらで持とう、だが手抜きは無いように。臨時の、非常の事態故であろうとも、教師には変わりあるまいからな」
 計ったように、少し遠くからノックの音。誰かが入ってくる音に遅れて声が聞こえた。
「オルエ先生、次の時限の訓練で、演習場の監督をお願いしたいのですが」
「来たな」
 衝立に遮られてだろう、距離よりも少し余計に遠く聞こえる声にオルエは低く呟いて、それで察したフェルがクロウィルを見やれば大丈夫、と口だけで示す仕草。副学長は立ち上がらず声だけを扉の方へと向けた。
「既に聞いている、こちらに」
「はい」
 答える声はどうやら男性の声らしい。ただそれになんとなく聞き覚えがあるような、と思っているうちに足音が近付いて来て、そして見えたのは濃い緑に臙脂の制服。今は長めの髪を首の後ろで一括りにした姿の。
「……あっ、クライアさん?」
「うお、フェルさんが居る」
 青い眼に思い出したとフェルが声を上げれば、それで眼を向けた彼も軽く眼を見張って声を上げた。塔から地下へと向かう時に見かけた三人組のうちの一人。クロウィルが二人を見比べて、そうしてからフェルに視線を向けた。
「知り合いか?」
「あ、はい。この前にエクサさん達と地下に行った時に、少し……」
 思い出しながら言って、言ってからしまったと思う。手が動いて髪を押さえるのだけはなんとか回避する。あの時は染め粉で青味を混ぜて色を青銀にしていたはずと彼を見上げれば、だがそれを見咎めた様子は無かった。クライアはフェルの言葉に首肯を重ねる。
「塔で鉢合わせて少し話したんですよ。ほんとに黒服なんだフェルさん……」
 どこか感動したような声で言って、それで我に返ったように脇に抱えていた書類をオルエに差し出す。表紙と裏表紙が付いて紐で括られたそれを受け取り、中を確認して、それでオルエは頷いた。
「事前報告と相違無いな。今日は何組残っている?」
「丸々残ってるのが二組十人、回数が追加されたのが二組中三人と、既に終わった組からも揃って希望が出てます」
 横で聞いていたセオラスがうわあと呻いて、その横のクロウィルはどこか感心したような表情を見せていた。その二人を見やって、クライアは括った髪を撫で着けるように、気まずそうに続けた。
「なんで、ちょっと我儘なんですけど、時間がある限りやらせてもらえないかなー、とか」
「それ自分達の体力考えて言ってるか?」
「回復早いから大丈夫、ってタカ括ってるのが騎士課程で、思考が動く限り立ってられる、って幽鬼みたいな顔してるのが魔導師課程で、って感じではあるんですけど……」
 クロウィルが聞き返したそれにはクライアも眼を泳がせながら、それでも隠している様子は無く言う。セオラスはふむと口元を押さえた。
「……俺は良いけど。大部分やるのフェルだしな」
「あ、やっぱり回数変わりませんか」
「変わりません。持続力無いのよね俺、瞬発力なら任せろなんだけど。クロウィル次第じゃねぇの、白の交代居ないしな」
「……んー。俺もそんなに問題では……ただ一日ずっと長剣だと苛々して……オルエ先生」
「訓練用の剣も折られてしまうと面倒でな」
「実際の『異種』の一撃は大剣よりも重いって話をすれば良いですかね」
「言われてしまうと、それも事実なのだがなぁ」
 副学長は苦笑しながら言う。渋るような様子を見せたクロウィルには、フェルが首を傾けて見せた。
「時可逆結界作ってしまえばなんとかなりませんか? 受け流しも、折る覚悟無いと中々訓練にはなりませんし、物質だけが対象ならそんなに消費も疲労もありませんし」
「……ああ、かも。セオラス」
「あぁやっぱし俺の仕事なのね……了解、それでなら良いだろ副学長的にも?」
「ふむ。では、響く怪我だけさせないように、とだけ言っておこう」
 ここ何日か医務室が盛況でな、と言って彼が立ち上がる。学院生の方がしっかりしていそうなとは思うだけにとどめて、白黒の二人も席を立つのを見て鋼色を抱え直してそのあとに続いて立ち上がった。




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