結界の一つが消えた。数を数えれば四層のそれかと思う。時計を取り出す。結界の樹冠のおかげで針と目盛りを読む光源に支障はない。
「……五時間と八分。早いな」
「禁忌二等級なら早くて当然ね。でも、大丈夫かしら」
「あいつは精霊に好かれている、召喚された側もただ役目を終えてそのまま還るでもないだろう、置き土産くらいはしてくれる。むしろ五時間かけて四人掛りで殲滅出来ないのであれば実力不足を疑う。五層は七時間程度と見ているが」
 ただでさえ四人、少なくとも二人は二人組みとして実力の認められた白黒。加えて紫旗仕込みの騎士と魔導師だ、数が少なくなっているだろう四層以内に限定して四半日もかかりはしない。ヴァルディアは軽く息をついて、それから振り返った。
「そちらは?」
「今の所重傷者四名、これは即座に強制送還させたわ。学院医務室で間に合う程度が三人、間に合わなそうなのは蒼樹で待機してる医術師たちの所に。中度軽度の負傷者は三十二人、計三十六人は診たわね。無傷で無事を確認したのは四名、無事の確認ができていないのが五人、合計で四十五人。ひとつ班が欠けているのよね?」
「ああ」
「ならこの五時間ずっと粘ってる班がひとつあるはずね。あまり褒められたことじゃないけれど」
 眉根を寄せた黄金を『視』てか、一旦手の空いたクウェリスは手に付いた血を雪で拭い落としながら小さく笑う。
「ちゃんと言っておかないからよ」
「……意地を張るな、とでも言っておけと? 無駄だろ」
「確かにね。逆効果にもなるかしら」
「恐らくはな。……気にしているのか?」
「子供の扱いがわからないだけよ。とりあえず三十二人の傷は治して前線に送り直したけれど、それくらい」
「それで十分だろう、子供といっても成年はしている輩ばかりだからな、余程の馬鹿でない限りは命の方を優先するだろう」
「しなかった場合は?」
「何の為にこれだけの数白黒を連れて来たと思ってる」
 殲滅を考えるなら、一番時間がかかるのは一層と二層だ。学生が担当だからではない、範囲に対する『異種』の数が多すぎる。低位だからこその密度、低位だからこそ学院に明け渡しても良いという判断。戻りたくない、と、この結界に駆け込んで来た学生たちの中にはそう言う声もあった。泣き言が出てくるだけ殊勝な方だ。十分経過した、と脳裏に使い魔の声が聞こえて、それで手にしていた杖から手を離す。結界の上空に浮かんでいた陣がそれで消え、杖も空気に溶けて失せる。それを確認しているうちに、使い魔、先ほど声を向けてきたラクスの姿が浮かび上がる。
「様子は」
『一層に血の匂いが濃く、人か『異種』のそれかの判別は私共には難儀するところでございます。二層にはまだ血の匂いも薄く、南方が苦戦しているかと』
「分かった。お前たちは撤退してくる学生の補助に回れ」
『周辺は如何致しましょう』
「学院側で抑えてもらえている。お前たちは分散して学生の逃げ道の確保に徹してくれ、それ以外には戦わなくていい」
『はい』
 応えたその姿が浮き上がると同時に掻き消える。そうしてからもう一度クウェリスを見遣った。
「一度も戻っていないのは?」
「さすがに班の構成までは覚えてないわ、そこに記録してはいるけれど」
 そこ、とは横の文官を仕草で示す。声が向けられる前に書類を手にした彼は、ええと、と紙を捲りながら名簿と照らし合わせて探し始める。程なくして声が上がった。
「七班です。配置は二層南南西、八時方向です。報告された情報によれば、北ほどの密度ではないもののやはり南から追われたものが進化適応した種が多い様子です」
「そうね、治療した子たちもそう言っていたわ、北のほうが原種が多い、南の方が数は少ないけど厄介だ、って」
 そうか、と呟く。手元の書類を開く。白黒が、結局は四人がかりで行なった訓練と事後指導の報告書。班ごとに分けられたそれの七つ目を開いて、眉根を寄せた。
 『要注意との総意。』短く書かれたその文字はセオラスの文字だが、この言葉の端的さは事を争うかと、眼を遣る。南南西。
「……二十三」
 クウェリスが呟く。大方手元に開いた資料を使い魔の眼を借りて読んでいるのだろうとヴァルディアが振り向けば、彼女は包帯を手早くくるくると円筒に仕上げていく。意味するところを汲んで、ヴァルディアは息を吐き出した。白く変わる。降り始めてしばらくの雪は、次第に重く大きくなっていても、この結界の中には入らない。樹冠の結界の上に降り積もるだけ。
「学院の修了の平均年齢は二十二。急くほどの差ではないだろうに」
「貴方は自尊心と意地と見栄とを知らないから」
「知らないわけじゃない」
「同じようなものよ、発揮しないんだもの。……ヒトは大変ね。私たちエイレスはゆっくり歩いても少しの悔いの残らない道を必死で走って、それでも間に合わない人もいて」
「皮肉か」
「ちょっとした感傷よ。長命種には長命種なりの悩みもあるの、どれだけ懇意でも必ず相手が先に死ぬ。だから子供が無茶をするのは、見ているとちょっと苛々するものよ?」
 言いながら傍、椅子の背に立てかけていた杖を握って立ち上がる。片手を持ち上げる彼女を見て、ヴァルディアは息をついた。
「……世話好き」
「違うわ。これは自衛。私が苛々するのは私にとって不利益だから」
 ふわりと浮き上がった灰色の文字列が即座に姿を変える。文字で構成された燕の姿をしたそれは、一度エルシャリスの指先に足を着いて、それからその指先を蹴って飛び上がる。見送りもせずにクウェリスはヴァルディアを見遣った。
「何人か戻ってくるみたい。医術師らしくしておくわね」
「……ああ」
 釘を刺されたそれには、ただそう返す。監視役が他にいなくて良かったと、冷たい空気を深く吸い込んだ。



 無理だ、戻ろうという声はどれだけ数を重ねても黙殺された。肩を上下しながらの呼吸の合間に、言った魔法使いをあからさまに睨み付ける。
「行くぞ」
「ディユ、待て、四層の結界が解けてるんだ、何が出てくるかわかったもんじゃない!」
「黙れよクレイ。ラス、ヴィル、行くぞ」
 碧の目が向いた方向、魔法使いと剣士のそれぞれ一人ずつ。自分を合わせても四人、剣士の一人は、脚に深手を負って、そのまま。
 花弁が舞い散る空を見上げる。頭上には三枚の膜。――三層に白黒は二人しかいないらしい。どこからか聞きつけたオルディユールは、配置を守らなかった。二層の一番奥まで、結界の間際まで進んで無限にとも思えるほどの量の『異種』を相手に何とか凌いで生き残って、そうして迷う事なく、越えてはならない結界を越えた。
 見上げれば花弁が舞っている。触れればほんのりと暖かいのに、あちこちで異形が悲鳴をあげながら花弁に触れるたびに溶けていく。こんな魔法は見たことがない。こんな魔法を扱える魔法使いが学院にいるわけがない。もうここは協会が管理する場所であって、命の保証の無い場所。班長、オルディユールの声の先、サアディヴィリアとラスエリードも乱した息に青い顔のまま、彼の後について進もうとする。
 行ってどうする。行って出会したそれに勝ってどうする。そもそも勝てるかどうかもわからないのに。それを問いかけても返答はない。返すものを持っていないだけなのだろうともわかっている、だからもう一度声を上げた。
「無理だ、死ぬぞ」
「ならお前だけで帰れ。中位『異種』だと? ただの氷の塊だろうが」
 『結花』をそう言えるのは、剣持ちだからだろうか。剣士たち三人の支援と補助、攻撃を同時に行わなければならない魔法使いの負担をこれまでに無視できるのか。腕輪を押さえたラスエリードを見れば、喉の音を鳴らしながらの細い息で、それでも枝を迷惑だと言わんばかりに切り落として進む彼の後についていこうとする、それを見て、雪面に立てた杖に縋って立っていたそこから力を抜いた。雪の上に座り込む。
 時計を取り出す気にもならない。周りで色んな音がしている。それでもローブの中に手を突っ込んで、小さな硝子玉を取り出した。森に入った直後に、要らないからお前が持っていろと言われて押し付けられた魔法具。『帰還不能』を示すためのものだと、教授たちは言っていた。
 何がどのように働いてそれを伝達するのかはわからない。それでも万が一の場合にはこれを割れと言われて、各班の班長に渡されていたもの。
 わかっていた、最初からそうなると理解していた。なのに期待してたことに後悔する。脅威とも呼べないほどの状況を目前にすれば、このくだらない矜持も折れてくれるのかもしれない、そう思っていた自分に呆れながら、念の為と腰に吊っていた短剣を引き抜いた。三人はもう、何本も樹を越えた先、疲労も認めはしないのにゆっくりとした足取りで、それでも進んで行くのが見えた。見たのはそれが最後だった。
 雪面に転がした硝子玉に短剣を突き立てた。全力でそうして、割れた音が聞こえて三人は振り返っただろうか。自分は、限界だった。最後までと思って握りしめていた杖の感触が掌の中から消えて、支えがなくなって倒れるのはわかった。どうやら魔法具から放たれた魔法が上空にまっすぐに伸びて光を放っているらしいとも見えて、悪態が聞こえた。応える暇もなくそのまま力を抜けば、そのまま意識も抜け出て行った。



 六時間三十七分、そう読んですぐに時計はローブの中に仕舞い込んだ。手の中の金の杖はまだ消えない。花弁も舞ったまま。片目の魔力を全て差し出したと聞いたエクサはああだったが、それでこうしてこのながい時間禁忌魔法が効力を失っていないのだから、一割を削ったよりも多くのものは手に入っているはずだ。そう思うことにする。
「フェル、大丈夫?」
「大丈夫です」
 セオラスとクロウィルとは早期に一度合流して、情報は交換してある。どうやら『侵入』の形跡がある、だが周辺にはもういない。そう聞いて三組が三方に散開して四十分近く。
 範囲が広すぎる。その上『異種』の数はやはり四層よりも三層の方が多いらしい、人間の気配や氣を察知できる範囲を大幅に越える場所をあちこち飛び回って探して、それでも痕跡はあってもたどることはできなかった。紫は忌々しく空を見上げる。牡丹雪、名にその通りの大きな雪片が絶え間なく降り注ぐ所為で、十分もあれば足跡程度覆えてしまう。
「居ませんね……流石に五層に向かってるなんてことはないと思いますけど」
「痕跡だけでも見つけられた箇所を加味すれば、多分に『異種』に追われて逃げ惑ってる、の方だと思うけど」
「ですよね……東から入って、南に逸れてから北上、って感じ、ですけど……」
 小さな地図を広げながらの会話。逸る気持ちは抑えて地図に書き込んだ痕跡を眼で辿る。興味本位かそれとも傲りか、危険に自ら飛び込むような蛮勇を発揮されても困るのは本人たちなのにと、思う合間に、不意に何かが引っかかった。視線が上がる。吸い寄せられるように上空へ向かう、見えたのは一瞬の光の爆発と強い魔力の残滓。
「コウ!」
 喚ぶ。刹那も置かずに立ち上った青火は即座にそこに向かって居た。色違いの声。
「行って、追いかける」
「はい!」
 魔導師の瞬身にはどれだけ訓練を積んだ騎士も即座に追いつくとは叶わない。『帰還不能』の緊急信号、風を喚んで身を任せながらも見上げれば三つの膜を越えたこちら側。眉根を寄せて表情を歪めるよりも早く杖を掴んで声を上げた。
「『”レグェル”!!』」
 積もる雪の表面もそこに潜む『異種』も纏めて焼き払う。臙脂が見えた、三つ。
 樹冠の雪に足が着く前に陣を刻む。一時的に物質と化した構築陣を踏み、蹴り、更に声を。
「『エルヴィエタの定理に依る者は従え、”アルヴァス・ラヤエ・ルエル”!!』」
 魔石が一つ割れる音。構わず樹冠の雪に踏みとどまって、青火が焼いてだろう、周囲に炎が立ち上ってそこだけ枝も幹も失せた広い空間に向かって更に跳んだ。息が乱れそうになるのには抑えて見やる、即座に眉根を寄せた。――碧黄、オルディユールという名の剣士。
「三人ですか。他の二人は」
 フードは風に煽られても背に落ちはしなかった、だからそのままその剣士に顔を向けて硬く問いを放つ。途端に歪んだ表情を浮かべて睨みつけてくるだけにはさっさと見切りをつけて別のもう一人、魔法使いへと足を向ける。
「他の二人は」
「……置いて、」
「策定は魔導師の役割。撤退もせず三層に入った理由は」
 詰問の調子に近いだろう、自分でそう思いながらもそのままさらに問えば、魔法使いの目は圧されたように泳いで、そして剣士へと向く。フェル、と呼びかける声、鋼がすぐ脇に着地する。
『二人分の血の匂いだ、まだ生きてる、だが遠い』
「拠点にすぐに運んで」
『この三人は』
「早く」
 言い切れば、樹の失せた空間を囲うように青火が円を描いて、そして鋼は南へと飛翔する。簡易結界かと判断して、それでそのままもう一度、碧黄を見れば、呼気を荒げながらも右手にはまだ剣を握っている。『帰還不能』の信号が上げられた場所から、ここは遠い。
「班長は誰ですか」
 答える声はない。ただ黄だけがゆるゆると怒気を表しているのが見て取れた。口元に白い空気が現れるのが見て取れるまでに、数秒。
「あの二人が付いてこなくなった、それだけだ」
「三層に入ることは禁止されています。訓練の参加に同意した時、誓約が課されたはず。騎士を志す剣士にとって誓約とはそれほど軽いものですか」
「――お前のような餓鬼が、」
 距離が詰められる。表情には怒りか、呆れている間に右手に握られた剣が振り上げられているのが見えて、それで目を細めた。左手の杖を握る、杖先を下にして『構え』る。
「餓鬼に何が解る!!」
 怒号、同時に振り落とされようとした剣は、だがその寸前に力を失った。眼を見開いた剣士はまさかといわんばかりでも、そうと見たこちらには何の感慨も浮かびはしない。フェルは左手に握って振り上げ剣士の手首に叩きつけた杖を右手を添えて強く握り直して、そしてそのまま振り落す勢いになんの手加減も加えずに碧を殴打した。
 酷く重く硬い音。臙脂は側頭部から襲いかかった力を受け流すこともできずに雪の上に転がって、フェルはそれには一瞥もくれず、ただ金の杖の花弁に赤いものがと気付いて足元の雪を拾い上げ、拭い去る。光王には悪いことをしてしまっただろうかと、歪みがないかを確認しているうちになんとか上体を起こした臙脂を見て、フェルは一度杖を手放した。雪に落ちかけた杖はそのまま手首の腕輪に吸収されるように姿を消し、そうしている間に剣士が多少の衝撃で手放して転がっていた剣を拾い上げた。そのまま頭を押さえながら立ち上がろうとする剣士の首に、刃を当てる。
「そこの二人はともかく貴方はここで死にましょうか。その方が被害は少なく済みそうだ」
「っ、な、ん、」
「ほら」
 ぐ、と、わざとらしく首の横に据えていた刀身を押し付ける。途端に動けなくなった黄がそれを見て、見上げてくる頃には未だに憤怒のこもった視線。
「下手に動くと死にますよ。私は殺す心算ですからそれでも構いませんが」
「、何、しやがる」
「それはこちらの科白ですね。残りの二人はどうしたんです?」
「……脚に怪我をした程度で動けないなどと抜かす輩は要らない、その場に、」
 言葉の途中で刀身を持ち上げて右手に握った剣を逆手に返した。握って持ち上げる。そのまま、真っ直ぐに突き落として、貫いた。
 悲鳴が上がる。煩いな、と思いながら暴れる脚を踏んで引き抜いた。他の二人の押さえた悲鳴まで聞こえるのには今は無視を貫く。
「どうしました? 『脚に怪我をした程度』で」
「きッ、さま、ァ……ッ!」
 貫かれた脚を両手で押さえるようにして、それでも詰めに詰めて濁った声で悪態を忘れない精神には純粋に感嘆した。痛みには慣れているのだろうか、普通の剣士ならこれだけでも泣き叫んで無駄に出血を増やすだけだが。
「もう一人はどうしました? 『たかが怪我程度』で置いてきたのは剣士でしょう、もう一人は魔法使いですね。『異種』尽くしの四半日で魔力が保つ魔法使いは学院には少数でしょうから、戦えないとわかって放置してきましたか?」
「ッ、あいつは、勝手っ、に、信号を……!!」
「班行動の中で策定を任される魔法使いの判断を無視してここまで進んできたわけですね。何の為に、とは聞きませんが、……魔力が枯渇する経験って、貴方みたいな剣士はしたことありませんよね?」
 激痛だろう、脚を押さえつけて呻いていた剣士が一瞬硬直する。予想程度はついたのだろう、俯いたその頭に手を伸ばして、その髪を無造作に掴み上げた。
「経験してみないとわからないことばかりですが、想像力が多少でもあれば他人の痛みも苦しみも判るもの。想像力の無い人は救いようがないので、経験してもらいましょうか」
「、待、」
「魔力の枯渇ってね、四肢から消えていくんですよ。左腕から左脚、右脚、右腕、最後はどこが消えると思います?」
「――――」
「腹部からゆっくり、頭を残して消えていくんです。やっぱり死んでおいた方がいいですね貴方。このまま自分勝手に意地と驕りと慢心で他人を殺し続けるより、自分が死んだ方が楽でしょう?」
「、やめ、――」
「貴方自身が他人に対してやってきたことですよ? どうして他人にできて自分にはできないんでしょうね?」
 後ろに気配が一つ増える。声がこちらに向けられる。
「フェル、確かに「何してもいい」とは言われてるけど、殺すのは無しだからね?」
「こういう手合いはさっさと殺しておくに限りますよ。だって生きてるだけで周りの人間を殺していくんですから。しかもそれを全部死んだ他人の所為にして、自分がそうなるのは嫌がって」
「脚一本で良いでしょ、罪悪感も無しに他人殺す輩は見捨てられて自滅する方が早いんだから」
 放してあげな、と後ろから肩を叩かれて渋々握った髪を手放す。幻覚の一つでも向けて擬似死でも体験してもらおうかと思っていたのだが。他の二人にも致命傷はなくとも傷はあると見て、剣は放り捨ててそちらに脚を向ける。フェルが治療に向かったのを見て、フィレンスは右脚を強く握りしめて抱えた剣士の前に片膝を突いた。
「オルディユール・ラクト=ファエルフィルゼン」
 応えはない。そうするのも無理なほどなのだろう、片脚を貫かれている、このままでは失血死する。だがその恐怖を気遣うよりも、剣を持つ人間として告げるべきものの方が重かった。
「『ラクト』の者にあって剣を持つ者に与えられる三カ条、その一にある『他者への献身』に背いた事実、及び『自省』……己が負う傲慢と強欲を抑すること、この二つに背いた事実をラシエナ・シュオリス・リジェル・ディア=アイラーンが確認した。私はファエルフィルゼン子爵に報告義務を負う。以後お前は蒼樹学院学長、蒼樹学院副学長、ファエルフィルゼン子爵及びアイラーン公爵に許しを得るまで剣に触れることは許されない。いいな」
「――は、」
「不服従は許されない。沈黙も拒否も肯定と見做される。ファエルフィルゼン子爵の名を汚した罪は自分で背負え」
 言い放って、そのまま立ち上がった。顔をあげれば様子は見ていた、と仕草で示すエクサと眼が合って、そして彼が碧に近づいて来て軽く頭に触れる。一瞬燐光が立ち上って、全身から力が抜けてゆっくりと雪の上に崩れ落ちる。
「三人しかいないのか、他の二人は」
「置いてきたらしいです。コウに任せました、最速で運べますから」
 よいしょ、と立ち上がったフェルが、聞こえていたのかそう言うのにはエクサが腕組みに眉根を寄せる。数秒あって、そして彼は溜息した。
「……放置するわけにもいかないな。使い魔に運ばせる」
「お願いします。あ、ついでに伝言で、クウェリスさんに「やっちゃった」って伝えておいてください」
「やっちゃったってお前な……まあいいけど……」
 雪の中からずるりと姿を現した巨鳥が、雪の上に転がった臙脂色を丁寧に嘴の中にすくい上げて飛んでいく。闇の鳥は珍しい、と視線でそれを見送ってから、さて、とフェルは残された二人を見た。
「加担者、って呼ばれるのと、被害者、って呼ばれるのどっちがいいです?」
「え……」
「使い魔が教えてくれました、一人は脚を引きずりながら拠点へと向かって移動中他の班に出会して出血多量ではあるものの命はある状態、もう一人は間に合うかどうか怪しいようです。魔法使いの方……クレイさん、ですか。帰還不能の信号を打ち上げた後、魔力不足で意識を失って、その後大量の『異種』に取り囲まれて食われてたらしいですから」
 ――勝手に魔力を分けて、与えた。すまない。
 ――いいえ、有難うございます。戻れたら戻ってきてください。
 脳裏に聞こえてきた声にはほっとする。氣失状態は危険すぎる、体外に流れ出ていく氣を抑えることができなくなるほどの状態は、それこそ四肢を失いかねない。思いながら答えを待つ。二人は疲労と冷えに重ねて、蒼褪めていた。
「どっちが良いですか?」
 重ねて問いかける。笑みすら見せないまま。




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