離宮の寝所では既に準備が整えられていた。手に杖を持ったヴァルディアが顔を向けてくる。
「進行が重度のため私の魔力を委譲して繋いでいます。レナは疲弊のため寝ませました」
 示されるのを見れば、寝台の上には二人。上向いたまま薄い呼吸だけしている一人と、その片手を両手で覆って眠っているもう一人。白いドレスのままなのは急遽の処置だからだろう。フィエリアルは苦笑した。
「君も霊化症と霊失症の治療も手慣れてきましたねぇ」
「茶化さないでください……治療どころか進行を鈍く保つしかできません」
「はい、よろしい。先の任務での行動は聞いていますよ、君にも小言がありますから後で時間を作りなさい。いいですね?」
「……はい……」
「先に両霊症の治療を行います。そのまま続けて潜ります、魂抜けで逃げられてしまうかもしれません、結界をお願いできますか。何時間も掛かるかもしれませんが」
「わかりました。潜るには、使い魔を?」
「いいえ、私が直接」
 言いながら、侍女が運んできてくれた椅子を寝台のすぐそばに寄せて腰掛ける。寝台の端の方へ寄せられて横たえられた銀の頭を一度撫でて、左手首に腕輪を作り出す。そのまま額から少し外れた場所、右のこめかみに右の親指の腹を当てた。僅かに燐光が立ち上って、先んじて左手は薄い夜着の胸元に当てる。眼を閉じて流れ出て行く魔力の行く先を追いかける。流れが止まって閉まった場所を無理矢理でなく、ゆっくり、自然と流れて行く方向を探して行く。抵抗の少ない道をゆっくりと進んで、途切れた回路が繋ぎ直されて行く感覚には深く深呼吸を繰り返す。
 霊失症は体内に蓄えられている魔力を打ち消すことで魔力回路を消し去って行く、人為的なもの。だから逆に魔力を与えて、消えた回路を作り直して行く、それだけで治癒するが、単に魔力を与えたところで今度は破断された回路が魔力に耐えられず霊化症、体内の魔力が肉体という器に収まりきれずに、まるで内側から切り開かれたかのように皮膚に裂傷が生まれ、氣を多く含む血を体外に押し出すことで解消しようとする魔力の働きだが、それが発症してしまう。魔導師に対して霊失症を罹患させればほぼ同時に霊化症も罹患する。霊失症治療の為には魔力がなくてはならないが、多量に過ぎれば霊化症が激化する。加減を知っているのは、医術師の中でも少数だ。
 昏睡しているはずの紫銀の体が蠢く。胸元に当てた右手から余計な氣を抜き取って行く。治療する相手は魔導師だ、魔導師本人以外の魔力が体内に入り込むこと自体を拒むように身体が作り変えられてしまっている。だから余計なものは即座に取り除いて、取り除いたものは即座に霧散させる。霧散されるのは主には施術者のそれだが、同時に溢れかけている本人のものも一時的に取り出してしまう。結界の中に本人の魔力を拡散させておけば、治療を終えた後魔力は自然と宿主に戻って行く。
 そのまま細かな回路の断絶を元通りに作り直して、それで終えた時に目を開いて時計を見れば既に二時間が経っていた。金色は姿を消していたが、眉根を寄せると同時にふわりと浮き上がった精霊、使い魔が現れて口を開く。
『コウの様子を見てくると、その子の影に向かわれました。あの子はその子の使い魔のようなもの、主がこれでは使い魔が影から出ようにも出れませんでしょうから』
「わかりました、そのまま。私はこのまま潜ります、結界は?」
『わたくしが保っております。暴発のみは避けてくださいませ、私は炎でこざいます、助長しか出来ませぬ故』
「ええ」
 使い魔は己の主以外には尊大だ、主が命じない限り。だから硬い声のそれには素直に返す。そのまま銀を見下ろして、もう一度その頭を撫でる。意識があれば相当の苦痛だっただろう、意識がないからと言って苦痛がなかったとは限らない。そのまま、頭に右手を当てて、椅子に深く腰掛ける。その拍子に寝台の端に金色が見えた。絨毯に腰を下ろして側面に背を預けているらしい。影に入っているということは彼も意識はないのだろう、そう思って虚空を見上げればどこからかご安心をと声がかかる。藍色は動いていたかと思って、手を銀に添えたまま目を閉じた。
 詠唱は必要ない。腕輪の周囲に小さな帯状の陣を浮かべて、それが完成を迎えると同時に、自身の意識が消えて行った。



 目を開く。茶色い壁と見えたのは本棚だった。広い部屋、テーブルとソファにローテーブル。蒼樹の部屋、そのままの空間の中に、ぽつんと、黒いローブの少女がソファに座って本を読んでいた。気付いてか見上げてくる、背にかかる程度しかない濃い青の髪を押さえた翠の眼。だが面立ちも目元も、声もそのままの少女。
「フィエル様?」
「お邪魔しています、フェル」
 第一の階層は意識、本人が眠っている以上そこには入れない。第二の無意識の姿がこれだ。夢に見る、理想に思う。そういった夢の根幹の姿。理解していてもこうして見てしまえば浮かべようとした笑みにも苦味が勝る。少女の疑念の声。
「なにか、ありました?」
「いいえ。昨日お話ししたでしょう、その予定の通りです」
「昨日……えっと、夢の守の話です?」
「です。行き方は、教えてくれますか?」
 少女は、困ったように笑った。知られたくないのか、そう思った直後に声。
「わからないんです」
「……え?」
「私には道が見えなくて。フィエル様が探した方が早いと思います、この部屋、出る場所なくて」
 言われて見渡せば、壁は全面本棚に囲われている。中二階の下に繋がる扉を見つけてそこに寄って把手を握ってもびくともしなかった。なるほど、と呟いて放す。後ろから苦笑する声。
「すみません、『私』はこんなになってるって、知らなくて」
「仕方ありません。ここは、蒼樹の部屋ですね。以前は?」
「蒼樹に入る前、入ってから少しまでは神殿の祭場でした。ラシエナが蒼樹の人に馴染んできた頃からこうで」
「なるほど……居心地は良さそうですね」
「はい、とても。……誰も、来ませんけどね」
 拒絶している。こうして無理矢理入り込まなければ誰かが無意識に入り込むこともない。許した人間であれば、眠っていてでも反応がなくとも、その姿くらいはこの場にあってもおかしくないのに。
 振り返って見てみれば、少女は膝の上に開いた本に目を戻していた。赤茶の革の装丁、あの本かと思う。
「……書いてありますか」
「いいえ。『私』が読んだ通りです」
 言いながら、手の中にあるその本は既に古びていた。装丁の端は擦り切れ、ページの端は茶けて千切れてしまっている部分すらある。ゆっくりと捲って、白紙の見開きをゆっくりと指先で撫ぜて、それからページを捲る。たまに文字が掠れてでも書かれている場所を見つければ、それを指先でなぞって、掌で撫でを繰り返して、惜しむように次へと捲っていく。本棚に収められている本は全て魔法に関わるもの。テーブルの上には創世記。書付が散らかっているのは、龍神の召喚魔法の構築陣。――人に関わるものは一つも存在していない。
「……寂しくありませんか」
「あまり、感じません」
 答えは端的だった。普段見る私人としての『彼女』は人懐こい、甘えの強い子供だ。だからこの落差は意外には思わないでも刺さるものが無いではない。だから、目を伏せた。
「勝手に探しても?」
「構いません。私にわからないだけですから、フィエル様の好きなようにしてください」
 言われて、それで中二階に向かう階段を登る。そのまま二枚目の床を踏めば、並べられた本棚は空だった。一冊も入っていない空虚なそれをつぶさに観て、その奥に簡素な寝台がある。寝台は乱れていて、その足元には長い銀糸が絡みついた見るからに鋭利な鋏が落ちている。二千年前の紫銀の少年は銀の髪を短く切ってしまって少しも伸ばそうとはしなかったらしい。切れるものの全てを遠ざければ硝子を割ってその破片で、硝子が割れないのであれば手で引き千切ってと、記録にはそうある。片目を潰そうとしたことすらあると。
 溜息を吐き出して、周囲を見渡す。本棚に寄せられた文机の上には綺麗な花が飾られている。触れてみれば瑞々しい花弁の感触。中央から周囲に向けて色が変わっていく、花弁が密集したもの。記憶を遡って、ランタナの花かと思って疑問に思う。王都や蒼樹には無い花のはずだ、白樹の南にならあるだろうか。
 他には、と見れば、部屋の隅は空の本棚でまた小さく区切られている。その奥へ足を踏み入れれば、暗い場所、光の入ってこない場所に衣装棚と鏡台が並んでいた。鏡台の鏡には分厚い布が掛けられて隠されている。
 そういえば明確に「嫌っている」と見て判るのは、鏡と鋏の二つだけだったか。思いながら鏡の覆いに手を伸ばす、触れて持ち上げれば、なんの支障もなく覆いは外れた。映っていたのは鏡が示すようなそれではなく、自分の姿が見えるのはそうでも、その後ろは全く別の風景だった。緑、そう見えて振り返れば見えたのは霧にけぶった草原だった。
「……これは……」
「あっれ、珍しい」
 思わず呟いた声に応える声があって振り返れば、何かに腰掛けたような格好の一人。学院の制服に似た、その上に大きな赤茶のローブを羽織ってフードを深く被った姿。膝の上に手で支えられた一冊の分厚い大きな本。それに瞠目している間にその少女が立ち上がった。顔はフードに遮られて、不自然に影が落ちて見えない。景色は一変して、霧と緑だけだった。
「ああ、私は夢の守じゃないよ。ここは第三階層。ちょっとここの維持の為に居るだけ」
「……貴女は?」
「魔導師に手ぶらで名乗る人間なんていないでしょ。あと先に言っておくけど、ここで魔法は使わない方がいいよ。『原風景』に傷が出来ればどうなるかくらいは知ってるよね、フィエルさん」
「……名は知られているようですが、私は貴女を知りませんね。此処は?」
「教えてないからね。ここは第三階層『原風景』。……まあ、見ての通りだよ、雲霧草原。この辺り一帯が草原で、その周りは森。南西に行けば夢の守の方に行けるけど、あんまりオススメしないなあ」
「貴女は何故他人の原風景に居座っているのですか」
「さっき言ったんだけどなあ。維持の為だよ。今壊れられるの困るでしょ?」
「私たちの理由ではないでしょう、それは」
「でも君たちの利にも適ってる。でしょ? それともここで時間切れまで話し合う? 私はそれでもいいけど」
 言いながら、少女、だろうか。彼女の姿勢は変わっていた。岩だろう、それに腰掛けて、片足をそこに掛けて頬杖に変わる。本の装丁は赤茶の革、金の箔押し。そう見て取ってそちらに足を進めようとした瞬間にその少女が立ち上がった。片手に軽々と持ち上げる、エンボスだけの本のタイトル。
「見せると思う?」
「……そう言うということは、中は書かれているわけですね、何かしら」
「想像力は持たないとね。さて、どうする? 私に付き合ってみる? それとも『フェル』の記憶を優先する?」
 常人ではない。人であるかもわからない。そう判断しながら、示された二択には嘆息した。
「……どちらへ行けと?」
「あっち。南西」
「方角が?」
「あるよ、当然でしょ? 『原風景』は『その人間が一番安らげる場所』だよ? 場所なんだから現実のどこかだよ、教えないけど」
「知る人間はいると」
「私が『人間』かどうかはわかんないけどね」
 魔法をよく知っている、そう考える。思いながらも足を引けば、少女の片手がひらと持ち上がって送り出してくれるつもりなのかひらひらと振られる。それを最後に見て指し示された方向へ向かえば、霧はどんどん濃くなっていく。草原の草が足元だけでなく膝まで覆うようになって、森に変わる。雲霧草原、森林、そう言っていたかと思う。だがそれを樹を避けながら進んでいく最中にまるで壁を越えたかのような感覚があった。急激に視界が開ける、霧が晴れる。見えたのは足元の灰茶の地面とその先の崖、そこに足を向ければ、崖の下には信じられない光景が広がっていた。
 町、いや、村だろうか。すり鉢のように傾斜のついた崖に家々が立ち並び、斜面に沿うように橋で道が渡されている。その下は大きな河、その河中に巨大な樹が立っているのが見える。上流に目を向ければ大きな邸宅が見えた。滝の真上の、キレナシシャスにはないような曲線を主とした意匠の邸。その邸から川幅を覆うように、両腕を伸ばすかのように立ち並ぶ屋根と戸、河を渡るような橋は渡されていない。どこか理路整然とした屋根の並びからすれば家そのものは見るからに硬い崖の岩盤を削って家としているのか。思いながらゆっくりと視線をめぐらせれば、邸から伸びる木の坂、それと途中で交差する崖から水面へと続いていく斜面が見えた。
 そこに足を向ける。人の気配はない。――そう思った矢先、ぱたぱたと駆ける小さな足音が上から聞こえて振り仰いだ。布地が翻るのが見えて上へと登っていく木の坂を駆け上がる。子供の小さな笑い声。とんでもなく広い『原風景』だと心中に呟いて駆け上がったところに、門の中に入っていく二人の後ろ姿。子供、まだ幼い。追って門の中に飛び込めば銀色の二人が手を繋いで扉を開け放って駆け抜けていく。
「待ってください、フェル!」
 声をあげても振り向きもしない。ただ片方、腕に青い紐を垂らし揺らしながらの方が僅かに顔をこちらに向けたか。開け放たれた扉はそのまま、追えば渡り廊を越えた先で二人が振り返る。それに瞠目して、足を緩めて少しの距離を残して立ち止まる。同じ色、銀の髪に紫の瞳、同じ顔、――紫銀の双子。右腕に青い紐をくくって垂らした方がこちらを見上げて口を開いた。
「どうして共通語を知ってる」
「、……君は、」
「それに、どうして黒を着てるんだ。当主でも許されない色だ」
「……王に許されて、この色を。私はフィエリアルです、医術師であり魔導師でもあります」
「黒の魔導師、……楯の国の魔導師か」
 楯の国、と言うそれには眉根を寄せた。その間に赤い紐を左腕に垂らした方が青の背に隠れるようにするのに、青が肩越しに振り返る。
 ――どうして連れてきたんだ?
 ――ちがうの、知らないひとがいるから、見にいったら、見つかっちゃった。
 聞こえたのは古代語だった。ではここはと思うのと同時に疑念が浮かぶ。古代語を使う種族は残っていないはず。思っている間に青の方がこちらをまた見上げた。
「レーティの結界はどうやって抜けて来た」
「レーティ……?」
「……一門の人間じゃないな、おまえ。結界はどうやって越えて来たんだ」
「結界があったようには感じていませんでした、霧を越えたと思ったら、ここに」
 ――ヴィス、何をお話ししてるの?
 ――ラフィエは気にしなくて大丈夫だから。
 ――でも、このひと、黒だし、レーティが通したのならお客さまじゃないの?
 やはり古代語だと聞いて確信する。不審に思うのはいっとき抑えて、それから口を開く、意識して『音』を作る。
『この場所の更に奥へ行きたいのです。行き方を教えてくださいませんか』
 言えば青は驚いたように、赤は嬉しそうに表情を変える。赤が青の背から出て来てわあ、と声を上げた。
『外のお客さまだ、来るのはじめてだよヴィス!』
『ラフィエ、まだわからないだろ』
『でも、だってレーティが通したんでしょ? それにちゃんと言葉も使えてるもん、父さまも黒の魔導師だからって追い返したりなんてしないと思うよ?』
『お父上が?』
 青が口を挟む前に先んじて問いかける。赤は思った通り、すぐにこちらを見上げて笑った。
『うん! こっち!』
 赤の方の手が伸びて来て、手が取られる。青がラフィエ、と声を張るのにも構わず引っ張られるに任せて廊下を右に折れて、その先に大きな扉を見た。駆けて追いついて来た青が赤の左手を握って声を上げる。
『もう……! いいか、姉さんが許したから通したんだ、俺が許して通したんじゃないからな!』
『ヴィス気にしすぎ! 外の方なら母さまもきっと喜んでくれるもん、病気だってきっと良くなるよ!』
『ラフィエが気にしなさすぎるんだよ!! 母さまになんて絶対会わせるかこんなやつ!!』
 子供に「こんなやつ」呼ばわりされるのは随分と久しぶりなように思う。思いながら苦笑してしまっていた。随分と振り回してくれる『原風景』だが、疑念は膨れ上がるばかりで解消されない。ここは第三階層、『その人の本当に安心できる場所』のはずだ。なのにこの子供二人以外には、草原で見た異端者しか人は見られない。あの紫銀が本心からこの子供の姿を望んでいるのであれば大人が居ていい筈だ、何も『双子』のように自分と似たものを作り出さなくともいいはずだ。――本持つ少女は「実在する場所」と言った、ならここは。
『えっと、お客さま、名前って』
『フィエリアルだって言ってた』
『フィエリアルさま! あそこ、あの中が父さまの部屋!』
 赤があそこ、と長い廊下の先の扉を眼で示して言う。青が少し前に出て、振り返りながら言う。
『絶対に失礼なことするなよ、父様はお前たちの黒を嫌ってるんだ』
『私たちの黒、ですか?』
『理由を知らないならいい。でも父様は嫌ってる。だから覚悟はしておけよ、何になっても知らないからな』
『ヴィス、お客さまに失礼しちゃったらレーティが』
『客だって認めてない』
『……ヴィス、頑固。やだ』
『ラフィエが注意しないからだよ、だから俺がやってるんだろ』
『むーー』
 言いながら、手を引く速度はゆっくりに変わっていく。あと数歩のところまで来て、赤が手を離して両開きの取っ手に両手を伸ばし、引き開いて中を覗き込む。青もそれについて揃って中を覗き込んで、それから同時に振り返る。
『中入って』
『いいか、ほんとに父様は楯の黒が嫌いなんだ。気をつけろよ』
『……ありがとうございます。お二人とも、名前を伺っても?』
『ラフィエツィア! こっちがシェルヴィスィア、同じ日に生まれたの、双子。紫銀の双子って少ないんだよって、レーティが言ってたの』
『紫銀は多いけどな。……俺が先に生まれたから、ラフィエが姉さん。俺は弟。ラフィエと、ヴィス』
 青の方は少年だったかと、瓜二つのそれを見比べながら思う。それから微笑みかけた。
『ラフィエツィアと、シェルヴィスィアですね。改めて私も、フィエルアル=ホルス=コドです。私も双子で、弟にレスティアルがおりますよ』
『おんなじ双子? すごいすごい、偶然? なのかな、ね、ヴィス』
『……コド属は一門から外れてるだろ、今更何の用に……』
『ヴィスそういうこと言わないの。グリヴィアスだって、エリーグたちだって一回一門から外れてるけど、グリヴィアスはちゃんと父さまにご挨拶にって来てくれたし、エリーグはいまもちゃんと一門でしょ?』
『そうだけど……とにかく、失礼だけはするなよ』
『はい、そうします』
 単語を脳裏に刻み込みながら、赤青の物言いには更に疑問が溢れるばかりだった。とにかくこれを解きほぐすのは戻ってからと気を取り直して、それから扉に向き直る。半端に開かれた把手に手をかけて引く。中に見えたのは応接室のような設えで、足を踏み入れた直後、全てが黒に塗り潰されて目を見開く間も無く『呑み込まれた』。




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